『新NHKにようこそ!』ひきこもり文学の傑作が令和にリビルド 滝本竜彦が描くいまの生きづらさと見える光

 佐藤が、そして岬ちゃんが帰ってきた。滝本竜彦が2001年に「ボイルドエッグズ・オンライン」で連載し、02年に書籍化され漫画化からアニメ化へと至って全国のひきこもりたちを滂沱させた『NHKにようこそ!』(角川文庫)が作者自身の手でリビルドされた。10月25日刊行の『新NHKにようこそ!』(角川文庫)は、ひきこもり男子が女子高生に導かれるようにして社会との関わりと取り戻そうとする物語が、同じキャラクターたちで舞台を令和に移して綴られ、20数年前にも増して混沌とする社会と人々の心情を活写する。

 『新NHKにようこそ!』を手に取り開いて読み始めた時、過去に『NHKにようこそ!』を読んだことがある人は、佐藤という主人公の男子が直面している状況に驚くだろう。妹という記憶にない存在と一緒に神社にいくという、白昼夢のような「序章」に続いて始まる「第一話 再会」の冒頭で、岬ちゃんという女子高生がいきなり登場して、「ついにひきこもりからの脱出方法を見つけたよ!」と言って佐藤の部屋に飛び込んでくるのだ。

 数ヶ月前、見知らぬおばさんと連れだって宗教の勧誘に来た少女が、しばらく経ってひとりでアパートを訪ねてきた。「私は仲原岬! 人生に迷っている若者を救う天使の私が、佐藤君を助けてあげる!」ーーそう言って佐藤を夜の公園に引っ張り出し、2人で「ひきこもり脱出のための講義」という名目の雑談をするようになった。その日はいち早く伝えたいことがあって昼間から訪ねて来たらしい。

 ここまでの展開で、すでに小説や漫画の『NHKにようこそ!』の読者でありアニメの視聴者だった人は、幾つものクエスチョンマークが頭に浮かぶだろう。

 まずひとつ。「仲原岬」とは誰なんだ? 『NHKにようこそ!』に登場したヒロインの名前は「中原岬」で、おばさんに協力させられる形で宗教の勧誘をしていた時に、大学を中退してひきこもっていた佐藤と知り合い、その後いろいろあって一緒にひきこもり脱出の道を探すようになる。

 そこに至るまでに佐藤は、同じアパートに住んでいることがわかった後輩の山崎と共にエロゲーを作ることになり、悶々とした果てに材料集めと称して小学校に行って少女たちを盗撮しようとするまでに歪んでしまう。そこから岬ちゃんに救われるように少しずつ真っ当な状況へと戻っていった先で、今度は岬ちゃん自身が抱えていた問題と向き合うことになる。

 それは宗教二世の問題であり虐待の問題といったもので、佐藤が直面していたコミュニケーション不全によるひきこもりの問題とともに、当時の若い世代が感じていた生きづらさを象徴するものだった。なおかつ、令和の今もしっかりと受け継がれてしまった問題で、だからこそ『NHKにようこそ!』は20余年を経た今も、増刷がかかるエバーグリーンの青春小説となっている。

 その『NHKにようこそ!』で、前半部分をかけてみっちりと描かれていた佐藤の廃人ぶりであり、岬ちゃんとの出会といったエピソードが、『新NHKにようこそ!』では冒頭の数ページで消化されてしまっている。というより、岬ちゃん自身が心に問題を抱えている少女で、心配した大人たちが佐藤に話し相手になって欲しいと頼んだことが、交流のきっかけとなったという。

 どうやら中原岬と仲原岬は別人らしい。もうひとつ。佐藤自体も『NHKにようこそ!』では達広だった名前が、『新NHKにようこそ!』では達弘となっている。大学を中退したひきこもりの男子が、宗教の勧誘をしていた女子高生と知り合い、いっしょに問題からの脱出を目指すというフォーマットは同じでも、『NHKにようこそ!』と『新NHKにようこそ!』は違う世界線上のストーリーを紡ぎ、今という時代に相応しいメッセージを放とうとしているのだ。

 それはいったい何なのか。社会状況的には、素人クリエイターが手っ取り早く稼ごうとして作るものが、エロゲーからエロいセリフを声優が喋る「催眠音声」に変わっていることがある。20余年の間に起こった、大容量のデータを手軽に送受信できるネットワーク環境の普及が、クリエイターによる表現の幅や種類を大きく変えた。

 そして佐藤が高校で文芸部に所属していた時の先輩にも影響を及ぼす。『NHKにようこそ!』では主に回想の中で登場し、再会しても昔を懐かしんだ程度で別れるだけの先輩が、『新NHKにようこそ!』では社会人となって様々な悩みを抱える中で、アンダーグラウンドのネットサービスに自分を表現する場所を見出し、耽溺する。

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