グラフィティ、演芸写真と高座の落語、復元模写……文章化が困難な題材に挑む新人作家たち

 最後は、第十六回角川春樹小説賞を受賞作した、愛野史香の『あの日の風を描く』だ。こちらの題材も珍しい。復元模写である。

 京楽造形芸術大学の油画科を休学中の稲葉真は、従兄で奥村美術研究所の職員の凛太郎に声をかけられ、江戸時代の襖絵の復元模写制作を手伝うことになった。他のメンバーは、留学生の蔡麗華と、院生の土師俊介。ある理由で絵に対する自信も情熱も無くしていた真。また、五年前に中国で石窟壁画調査中の事故で亡くなった、古典模写制作者だった父親に、複雑な思いを抱いている。しかし他の二人と働くうちに真は、復元模写制作にのめり込んでいくのだった。

 『みずもかえでも』と同じく、よくある挫折と再生の物語であるが、復元模写という題材で興味深く読むことができた。復元すべき襖絵は、絵の欠けた部分がある。それを、いかに復元するのか。さまざまな調査と閃き、柔軟な感性など、あらゆるものを駆使して、元の襖絵に迫っていく。この過程が実にスリリングなのである。

 さらに真だけでなく、麗華と俊介にも、それぞれ抱えた想いや事情がある。時にぶつかり合いながら、復元模写制作に夢中になっていく、三人の青春が気持ちいい。一方で、襖絵の作者の設定も凝っていた。全体のまとまりもよく、こちらも新人離れした作品だ。

 と、各作品の魅力を語ったところで、三作品の共通点に注目したい。グラフィティ、演芸写真と高座の落語、復元模写。どれもが文章で表現するのが難しいのだ。あえて困難な題材に挑む姿勢と、それを巧みに表現する才気に拍手喝采。こんな新人が次々に出てくるのだから、今後の小説界から、ますます目が離せないのだ。

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