『ゾルゲ事件』ソ連の諜報団が日本で暗躍した大事件ーーあまりにも隔世の感がある現代スパイとの違いは?

■小説からみる現代のロシアスパイ

マーク グリーニー (著), 伏見 威蕃 (翻訳) 『暗殺者の屈辱上グレイマン』(ハヤカワ)

  例えば、現代的なロシアのスパイが出てくる作品であれば、マーク・グリーニーによるグレイマンシリーズの最新作『暗殺者の屈辱』がある。この小説は「グレイマン(目立たない男)」の二つ名で呼ばれる凄腕の工作員コート・ジェントリーの活躍を描く人気シリーズ。最新作ではロシアによるウクライナ侵攻を物語のベースにしつつ、ロシアが工作のために西側へ送り込んでいた資金の証拠となるデータを巡って、工作員たちの激闘が繰り広げられる。

 この物語の中に登場するのは、現代的なロシアのスパイたちだ。特に「今回のゲスト悪役」として登場するルカ・ルデンコはロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の特殊部隊である「29155部隊」の一員。この29155部隊はアフガニスタンでは「アメリカ兵に賞金をかけてタリバンに殺害を依頼する」という作戦に従事していたとされ、イギリスに亡命していた二重スパイの元GRU工作員セルゲイ・スクリパリを神経剤ノビチョクで殺害しようとした事件などにも関与していたとされている。

  最新のテクノロジーを使いこなし、ターゲットを追ってヨーロッパやアメリカを駆け回る現代のロシアのスパイの姿を、マーク・グリーニーは説得力を持って描く。もちろん冒険小説なので、派手な銃撃戦や主人公ジェントリーの見せ場も満載、徹頭徹尾リアル一辺倒という作品ではない。が、西側の情報機関を翻弄しながら敵地に乗り込み、銃とナイフを手に駆け回るロシアの工作員たちの暴れぶりを見ると、「なるほど、これが現代的なスパイかも……」という気持ちになる。

  当たり前だがグレイマンシリーズはフィクションなので、実際の29155部隊の仕事ぶりと小説の内容とは、大きく異なる部分もあるだろう。しかし、ゾルゲたちが暗躍した時期のエピソードよりは、このシリーズの方が現代的なスパイたちのありようが皮膚感覚で理解できるのも確かだ。こういった小説を、今も昔も変わらない「ロシアのスパイ」の恐ろしさを知る入り口にするのも、悪くないのではないだろうか。

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