西尾維新、ジャンプ読者に何を伝えようとした? ド直球だった『暗号学園のいろは』のメッセージとは

実は“まっすぐな理想”にこだわってきた西尾維新

  では西尾維新という作家において、『暗号学園のいろは』はどう位置づけられるのだろうか。西尾はデビュー作の『クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い』以降、世界を斜めから見るようなひねくれた主人公を好んで描いてきた。とくに初期の作品では、思春期の自意識に閉じこもり、外の世界がどうなっても構わないというニヒリズムを抱えた主人公が多かった印象だ。

  しかしその一方、西尾は主人公がニヒリズムから“卒業”する成長物語をしばしば描いており、平和主義や理想主義への憧れを隠していなかった。印象的なのは、〈物語〉シリーズの羽川翼や『十二大戦』の砂粒といったキャラクターだ。

  羽川は高校卒業後に海外の紛争地域で「国境を消す」ために奔走し、現代のジャンヌ・ダルクと呼ばれるほどの存在となるのだが、主人公が憧れる“完璧な美少女”にそうした設定を与えていることの意味は大きいだろう。また砂粒は徹底した平和主義者で、その実力によって数多の戦争を調停してきた英雄とされており、やはり主人公から尊敬の念を向けられていた。

  そうした流れで考えると、『暗号学園のいろは』は“他の立派な誰か”ではなく主人公自身がまっすぐに平和と理想を追い求める作品であり、西尾にとって1つの新境地だったと言えるかもしれない。

  ところで『暗号学園のいろは』の連載が始まったのは2022年11月で、連載終了を迎えたのは2024年2月5日のこと。ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めたのは2022年2月24日、イスラエル・ガザ戦争の端緒となった出来事が起きたのは2023年10月7日なので、奇しくも現実世界の動きとリンクしていた。

  どこまで西尾がそうした動きと絡めて物語を考えていたのかは分からないが、まったく意識していなかったことはないはずだ。また、今このタイミングで発表された作品だからこそ、読者の胸を強く打つ物語になったという側面もあるだろう。

  さらにいえば、同作が少年マンガとして制作され、『週刊少年ジャンプ』で連載されたことの意義も大きいはず。戦争を停めるために奔走する少年少女の姿は、たとえフィクションであってもかけがえのない輝きを放っている。

 『暗号学園のいろは』を経て、西尾は今後どのように現実と向き合っていくのだろうか。“いろはのい”の先に待ち受けている光景に期待するほかない。

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