『あくまでクジャクの話です。』『ういちの島』『ふつうの軽音部』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 4月のおすすめ新刊漫画

今月発売された新刊の中から、おすすめの作品を紹介する本企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき5作品とは?

『あくまでクジャクの話です。』小出もと貴先生

 誰もが一度は経験したことがあるであろう、恋愛における男女のすれ違いや衝突。そんな悩みの数々を生物学で解決に導くという、アカデミックな新感覚ラブコメディ『あくまでクジャクの話です。』。

 主人公は、ある日突然「男らしくない」という理由で彼女に浮気された挙句、フラれてしまった高校教師の久慈。そもそも自分のような中世的な男性がタイプだと言っていたのになぜ?! と戸惑う彼の前に、モデルでインフルエンサーにして“生物学部”部長の女生徒・阿加埜が現れる。そして、ワイルドな男性に惹かれてしまう女性が一定数いるのはなぜかと、孔雀の派手な羽を例にあげて生物学的な面からオスとメスの“真実”を突きつける。

 知られざる生物学トリビアに阿加埜のどストレート過ぎる物言いが相まって「え、マジで?!」と。つい久慈と一緒にツッコミながら読み進めてしまう本作。阿加埜が久慈に密かな恋心を抱いていることもあり、その後も2人で学校内の悩める子羊たちを生物学で救ったり救わなかったり…….。シュールで痛快な生物学的恋愛指南が繰り広げられていく。

 例えば、同じ男性を好きになった時に女性同士で争いになる(ならないこともあるが)のはどうしてなのか。また、異性と無闇に関係性を持つことは生存戦略から見ても得策ではないことなど。毎話テーマ設定が一筋縄ではいかないことだらけのため、読み進めていくたびに知識欲が満たされていくような。ラブやコメディだけにとどまらないがっしりとした読み応えがある。

 実際に悩みが解決するかどうかは別として、こんなにも潔く生物学的な真実を突きつけられるともう笑うしかない。そして「まぁ、そういうもんなのか! 」と。良い意味での諦めの後に、不思議と晴れやかな気持ちがやってくる。ちょっぴりスパルタではあるけれど、恋愛についてお悩みの方はきっと何か掴むものがあるかもしれない。

『ういちの島』都留泰作先生

 文化人類学者としての顔も持つ、異色のマンガ家・都留泰作先生が放つ衝撃のホラー。物語の舞台は絶海の孤島。そこには大学の海洋実験所があり、学生や教授たちが日夜研究に励んでいる。

 ある年のクリスマス・イブの夜、女子大生の芽衣子は皆が帰省するなかたった一人で穏やかな夜を過ごすはず、だった.......。翌朝目を覚ますと芽衣子の目の前には死体が。自首するために山を超えて隣の集落へと向かうと、何かに怯えて互いに殺し合う村人たちの姿があった。どうやら一夜にして人間が突然“ういち”に変異し、人を襲うという怪現象が発生しているのだという。そして、この現象は全国で発生しており、世界は“ういち”に侵略されつつあると衝撃の事実を知る。

 序盤からとめどないパニックが芽衣子に襲いかかるため、読者も呼吸を忘れるほどにページにのめり込んでしまう本作。一言で表現するなら「サバイバル・パニック・ホラー」な作品ではあるが、作中に散りばめられた緻密かつ濃密な設定が光る。

 例えば、芽衣子は海洋学を学ぶ学生研究員という設定柄か、混乱はするもののすぐに冷静を取り戻す。どんな出来事も俯瞰して捉える彼女のキャラクター性によって、なんだか張り巡らせたギミックを解きながら謎解きをしているような…….読み進めていくたびに、まるでホラーゲームをプレイしているかのようなゾワっとした臨場感に包まれる。

 また、“ういち”には意志疎通ができる者とそうではない者がいること。主義、思想の面でも個体差があるように描かれているため、単なる怪異やモンスターといった言葉では説明がつかない不気味な存在だ。この「わからない」といった得体の知れなさがさらなる恐怖心を煽る。さらに、冒頭では文化人類学者としての顔を持ち合わせている都留泰作先生だからこそと思わずにはいられない、アザンデ族の信仰と妖術師の逸話が登場する。

 「サバイバル・パニック・ホラー」をベースに、社会性や学術要素を孕んだ骨太な作品を予感させる『ういちの島』。早くも2巻が楽しみな作品だ。

『ふつうの軽音部』原作:クワハリ先生 / 漫画:出内テツオ先生

 タイトル通り、ごく普通の軽音部の日常を描いた『ふつうの軽音部』。主人公は90〜00年代の邦ロックを愛する高校1年生・鳩野ちひろ。初心者ながらも憧れのギターを手に入れた彼女は、念願の軽音部に入部する。

 期待に胸を膨らませ部室の扉を叩くとそこには………。モテ目的やノリで入った部員が多数。そして入学前から楽器をやっていたスクールカースト上位勢の存在感たるや。他にも、初めて奏でたギターが想像以上に決まらなかったり、バンドを結成するも成り行きだから感動的なエピソードもない。なんだか上手く格好がつかない、この青春時代のリアルさが笑えて。そしてもう二度と経験することのない懐かしさに心がきゅっとなる。

 作中では、ちひろが今の高校生らしからぬ90〜00年代の邦ロックを好む設定柄、「銀杏BOYZ」「ナンバーガール」「andymori」など、思わず口ずさみたくなる邦ロックの名曲が数多く登場する。例えば、第8話「弾けないギターを弾く」で、忘れ物を取りにきたちひろが夜の視聴覚室で1人で演奏をするシーン。買ったばかりのギターを掻き鳴らしながら(初心者だからコードは滅茶苦茶)彼女が歌うのは「andymori」の「everything is my guitar」だ。

 演奏しながら彼女が思い浮かべるのは誰にも言えない今までの孤独や悲しみ。Aメロの歌詞に過去の自分を重ねながら歌うちひろだが、サビでは「エブリシング イズ マイギター 物語が始まるかもしれないんだよ」と。軽音部に入部して一歩を踏み出した今に期待と希望を込めながら、眩しい笑顔で叫ぶ。

 .......選曲の妙とも言うべきか、なんだかもうズルい。基本的にはゆるっとした脱力感のあるギャグ系軽音部マンガなのに、気づいたらたまらなく涙が滲んでしまう。読者に何か喰らわせてくる瞬間がある。それが『ふつうの軽音部』だ。

 どんなに辛いことがあっても、これさえあればなんとか立っていられる。いつだって勇気と希望をくれるお守りのような、宝物のようなファイトソングが私にもある。きっと皆さんにもあることだろう。そんなファイトソングがもたらす唯一無二の輝きみたいなものを実感させられるとともに、そういった自分だけの“好きなもの”が新しい世界に連れて行ってくれることがあるのだと。つい忘れてしまいがちな大切なことを『ふつうの軽音部』が教えてくれる気がする。

『ひらやすみ(7)』真造圭伍先生

 阿佐ヶ谷の平屋に暮らす、29歳フリーターのヒロトと美大生に通ういとこのなっちゃん。そんな2人の日常と交友関係を描いたハートフルホームドラマ『ひやらすみ』。最新7巻では、平屋暮らしの2人に二度目の夏がやってくる。

 悔いを残さないためにと、自主映画の制作に没頭するヒロトと友人・ヒデキだったが、その最中に衝突してしまう。美大に通いながら漫画家デビューを目指すなっちゃんも絶賛スランプ中。マンガから一旦離れるも、親友が公募展で賞を獲っているのを見てついモヤモヤ。

 登場人物たちの全身から汗がふき出てくる描写から伝わる、夏の厳しい暑さ。でも、この汗は暑さからなのか、心の焦りからなのか.......。最新7巻では、まるで季節と呼応するように、なんとも言えない息苦しさが漂っている。特に、なっちゃんの「友達の成功を素直に喜べない」という薄暗い一面はどこか身に覚えがあり、つい深いところまで感情移入してしまう。

 柔らかで温かな筆致で描かれる『ひやらすみ』だが、こういった“嫌な自分”にしっかりスポットライトを当ててくれるところが本作の魅力だと思う。でも、そんな自分を頑張って直したり、モヤっとした気持ちを昇華するのではなく。嫌な自分と手を繋いで一緒に明るい方へと進んでいくような、誰も置いてけぼりにしない優しさが本作にはある。

 『ひやらすみ』の世界ではまだまだ夏が始まったばかり。季節が巡ると共に、今まで当たり前だと思っていた環境も、人生も少しずつ動き出す。ヒロトとなっちゃんの夏はどんなものになるのだろうか。自分と重ね合わせて時にジタバタ悶えながら、2人の夏をそっと見守りたい。

『横浜黄昏咄咄怪事』吉川景都先生

 子供のころからつい夢中になってしまうものがある。それが都市伝説だ。「あの世と繋がる公衆電話」「きさらぎ駅」「ひとりかくれんぼ」など、詳しいやり方やレポが充実しているものほど興味をそそられる。そんな都市伝説がテーマの怪奇コメディ『横浜黄昏咄咄怪事』は、私にとってどストライクな作品だった。

 主人公は都市伝説研究家の加賀美昭行教授。都市伝説にロマンを感じるものの、実は超絶怖がりのため引退を考えていた。そんな折に、話題の動画チャンネル「都市伝説クルーズ」の管理人・東條リアムと出会ったことをきっかけに、2人で新たな都市伝説を追うことに。おじさんと若者の凸凹バディ感が可愛らしくて癒される一方で、作中に登場するのは「AI画像生成に何度も出てくる女」や「バックルーム」など。トレンドを押さえたバリエーション豊かな都市伝説の数々に、思わず童心に返ったように心が高鳴る。

 そして、本作を読み進めていくと、都市伝説の非日常感はもちろん、攻略方法が存在するかもしれないという、どこかゲームをしているようなワクワク感........つまり都市伝説の面白さのようなものに気付かされる。

 例えば、「きさらぎ駅」では、その土地のものを口にすると帰って来れない。また「呪いの館」系の伝説だと帰り道を間違えたら帰れない、家主の探し物を見つけないと呪われる。長年、都市伝説を研究してきた加賀美の知識量と、とある理由から都市伝説や怪異を呼び寄せてしまうリアム。能力(?)の面から見てもバランスの良い2人が、新旧の都市伝説に体当たりで挑み、時に怖い思いをしながらも、無事元の世界に戻ってくる(攻略する)様子を見ていると、謎が一つ一つ繋がっていく感覚があって面白い。

 ただ、実際に自分が体験したいかと言ったらビビリなのでご遠慮したい派。なので、引き続き『横浜黄昏咄咄怪事』を読むことで、都市伝説の擬似体験を楽しもうと思う。各章の間に収録されている、作家・怪異妖怪愛好家である朝里樹氏による都市伝説コラムも必見。

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