【連載】速水健朗のこれはニュースではない:外交とポップミュージックとシューゲイザー

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として、最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第4回は、外交とポップミュージックの関係性について、シューゲイザーの小話を交えて語る。

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皇太子がイギリスに留学していた時期

ジョン・レノン『イマジン:アルティメイト・コレクション』

 戦争が始まった日の話。あるラジオ局では、1日3回「イマジン」をかけるようにという命が現場のスタッフに降りてきた。「イマジン」をかけておけば、コストもかけず戦争反対を主張できる。そうなのか。ラジオ局はメディアなんだから取材したり、報道したりして戦争を伝えればいいのだが、それはそれで予算がかかる。だからラジオの場から報道は消えつつあるわけだ。有能な経営者は予算を削り「イマジン」をかけるのだ。ただ、このくだらない指示に現場は従わなかったらしい。「あほくさ」と無視したのだ。もしジョン・レノンがこの話を聞いたなら、現場のスタッフをほめるのではないか。

 林官房長官が3月11日に開かれたコンサートでピアノで「レット・イット・ビー」の弾き語りを披露した動画を見た。原曲にはないさびのフェイクを入れて歌っている。ライブでポールが客席に「エブリバディー」と呼びかける様のものまねなのか。ややむずがゆい。ちなみに林官房長官は、10年前のG7で「イマジン」を弾き語りしている。そっちも見ようと思ったが動画がない。外務省が非公開にした理由は「想像してごらん」ってことなのだろう。

 外交とポップミュージック。これは本が一冊書けるテーマでもある。現代はソフトパワーの時代。その最大の成功例がビートルズだ。20世紀前半に衰退した英国がポップミュージックで復活を遂げる。最初が60年代。2度目は80年代。

 現在の天皇が20代の頃にイギリス留学をしたときに、リバプールのビートルズ博物館に立ち寄っている。ビートルズに関心があったのか。単に外交的なパフォーマンスだったのか。実際に皇太子がイギリスに留学していたのは、1983年6月から85年10月。ミュージアムの中のビートルズなんか見ている場合ではない。まさにイギリスのポップミュージック史上、もっとも刺激的だった時期と重なっていた。

留学時代の皇太子がもし、UKインディーロックに出会っていたら

デュラン・デュラン『ハングリー・ライク・ザ・ウルフ』

 ここからは僕が考えたフィクションである。留学時代の皇太子がもし、UKインディーロックに出会っていたらという、歴史のもしもを描いた妄想。オープニングは、ロンドンの空港への着陸場面。第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン真っ只中っていうのを描きたい。曲はデュラン・デュラン「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」がいい。ニューロマンティック全盛期。映画(勝手に映画ということにした)の序盤はオックスフォードでの留学生活が描かれる。夜中に学生の仲間に連れられてディスコに出かけたりもする。これは、皇太子のエッセイ『テムズとともに -英国の二年間-』徳仁親王にも登場するエピソードにも描かれた場面だ。主人公はアバがかかっているディスコではあくびをしている(ここは本にはない空想)。

徳仁親王『テムズとともに -英国の二年間-』

 ある日ライブハウスに出かけた主人公は、轟音のギターバンドに惹かれ、それからこっそり1人でライブハウスに足を運ぶ日々が始まる(もちろんフィクション)。ライブハウスは、労働階級の若者のための場所である。主人公は友人の古着のシャツを借り、宿舎を抜け出してそのシャツに着替えてそこに出入りするようになる。お供をまくシーンがあってもいい。1983年のライブハウスのシーンがどのようなものかはわからないが。この時代だとすでにジーザス&メリーチェインとかノイズ多めのロックに手を出していたはず。

 話を続ける。こっそりとライブハウスに通っているうちに、主人公は自分でもギターを弾くようになり、誘われるがままにバンドのメンバーにもなる。次第にそのバンドの人気は上向いていく。バンドメンバーに主人公は正体は明かしていない。昼は学生。夜はギターバンド。休日はプリンスとしての公務としていろんな街に出かけ表敬訪問。夜は、その町のライブハウスに客演する。だが次第に帰国の日が迫ってくる。

ジーザス&メリーチェイン『サイコキャンディ』

 ラストは、ちょっとした規模のワンマンライブの模様が描かれる。中規模のレコードレーベルのスカウトも来ている。主人公にとっては、留学の最終日だ。現場には帰り支度を済ませてやってきた。表にはリムジンを待たせている。衣装はいつもの借り物の古着のシャツを着ているが、この日の足下はピカピカの革靴。主人公は演奏中もずっと靴が気になっている。ライブは大成功。なんだあの下向いているすごいギターは。見に来たキッズたちは、ギターの音以上に、足下を見つめるギターの奏法を話題にしている。

 楽屋に戻った主人公は、メンバーに自分の正体を明かす。でも皆、とっくに気づいている。「だってそんなピカピカの靴をはいてる奴、いないだろ」と。さらに「だけどさ、おまえが抜けて、俺たちが大物バンドの前座に抜擢されても恨むなよな」とジョーク混じえながら別れのやりとりが続く。主人公は「もし君たちがデュラン・デュランの前座で君たちが来日することがあったら、俺の家にも来てくれよ。道で聞けば、誰でもわかるところに住んでいる」。それにメンバーが返す「招待してくれよ。俺たちはボロボロの靴しか持ってないけど」ってやりとりを交わし、主人公は帰国の途につく。

ライド『Nowhere』

 この架空の映画のタイトルは、『プリンス・オブ・シューゲイザー』(仮)。シューゲイザーは、80年代末から90年代にかけてギターノイズが特徴的だったロックバンドの総称。皆、足下を見ながらギターをかき鳴らす共通点から、シュー(靴)、ゲイズ(見つめる)と呼ばれるようになった(呼び名はあとから定着した感)。ちなみにオックスフォードは、シューゲイザーバンドの代表格であるライドの出身地。皇太子(当時の)がオックスフォードを去った3年後にライドが結成されている。20代の皇太子は、ライブエイドに行きたいと思わなかったのだろうか。ロンドンのウェンブリースタジアムでライブエイドが開催されたのは、1985年7月13日。留学中に行こうと思えば、行けたはずである。

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