OKAMOTO’Sオカモトショウ連載『月刊オカモトショウ』

オカモトショウが語る、『路傍のフジイ』の“浄化力“ 承認欲求から解放されたフジイは現代の新たなヒーロー像?

 ロックバンドOKAMOTO’Sのボーカル、そして、ソロアーティストとしても活躍するオカモトショウが、名作マンガや注目作品をご紹介する「月刊オカモトショウ」。今回取り上げるのは、「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載中の『路傍のフジイ 〜偉大なる凡人からの便り〜』(鍋倉夫)。主人公は中年の非正規社員・藤井さん。仕事はきちんとするけれど、地味で目立たず、何が面白くて生きているのかわからない。職場の後輩に「ああはなりたくない」と思われているが、じつは自分の好きなことを日々行い、自分なりの幸せをしっかり持っている人物だった——。“幸せ”の定義に揺さぶりをかけるような“路傍のフジイ”の魅力について、オカモトショウに語ってもらった。

皆さんの周りにもフジイ的な人はいる

——今回紹介してもらうのは、週刊ビッグコミックスピリッツで連載中の『路傍のフジイ 〜偉大なる凡人からの便り〜』(鍋倉夫)です。

 単行本が2冊出てるんですけど、どちらもジャケ(表紙)がいいんですよ。群衆のなかに紛れ込んだフジイさんの絵なんだけど、革命の志士みたいな雰囲気もあって。ぜんぜん違うんですけど(笑)。

——(笑)。主人公のフジイさんは、40歳過ぎの独身、非正規社員。どう見ても冴えなくて、後輩から「この人に比べたら俺はまだマシだ」と思われていますが、接してみると意外な内面が見えてきて……というストーリーです。

 どん底の人生ではないにせよ、世間的に見たらちょっと不幸そうな雰囲気なんですよ。でも、よくよく生活にフォーカスしてみたら、日々を楽しそうに送っていて。会社の同僚とかも「この人って、幸せなんじゃない?」「じつはすごい人なんじゃ?」ということに気づき始めるという。読んでいると心が浄化される感じがあるんですよね。『プリンセスメゾン』(池辺葵)や『ひらやすみ』(真造圭伍)にも通じる日常系の漫画の浄化作用がちゃんとあるな、と。たとえば「せっかくの休日なのに何もできなかったな」という日とかに読むと、「いや、これはこれでいい休みだった」と思えるかも(笑)。

——確かに(笑)。価値観を揺さぶるというか、「あの人に勝ちたい」「いい暮らしをしたい」という欲望から解放される感じはあるかもしれないですね。

 そういう価値観から外れたところにいますからね、フジイくんは。じつは趣味がけっこうあって、絵を描いたり、皿を焼いたり、ギターの弾き語りもやるんだけど、全部微妙に下手(笑)。でも、本人は満足しているんですよね。つまり誰とも比べてないんですよ。ほとんどの人は「これじゃバカにされる」とか、「あの人よりも上手くなりたい」って気になると思うけど、そんなこともぜんぜんない。「隣の芝生は青い」という人なら誰でも持ってる気持ちがないんですよ。休日も基本的に一人で過ごしていて、自分が好きなことをやってて。たまにフリマの看板作りの手伝いを押し付けられたりするんだけど、それも「イベントが一つ入った」くらいに思って淡々とやっちゃうんですよ。どんなことも受け取り側次第というか……。

——日常を楽しむ能力が高い。

 そうそう。「こういう感じ、ちょっと忘れてたかもな」と思ったりもしました。会社の同僚にいかにもホモソーシャル(男同士の結びつきを重視する関係性)的な男がいるんだけど、世間的にはたぶん、そっちのほうが多いと思うんですよ。フジイさんはそんな雰囲気もなくて、基本、一人で過ごしていて。かといって周りの人を拒否しているわけでもなく、誰とでもフラットに話をするし、飲み会に誘われたらいくし。

 しかも、ちょっとモテはじめてるんですよ。同僚のホモソっぽいヤツはぜんぜんモテないんだけど、このマンガを読めば「おまえ、絶対モテないよ!」ってわかると思います。パパ活してる女性の同僚もいるんだけど、その描き方もナチュラルでいいんですよ。ことさら強調してないというか。

——フジイさんは同僚の事情を知っても淡々と受け止めて。めちゃくちゃ自然体だし、ある意味、超然としてますよね。

 でも、皆さんの周りにもフジイ的な人はいるような気がするんですよ。自分のことを振り返ると、学生のときにフジイさんっぽい子がいて。いつも一人でゴハンを食べてて、飲み会やパチンコも行かない、サークルにも入ってなかったみたいなんだけど、あるとき話しかけてみたんですよ。「どんな音楽聴いてるの?」って聞いたら、「宇多田ヒカルが好き」って言ってて。当時、宇多田さんは“人間活動”(無期限活動休止)中で、ぜんぜん活動してなかったんだけど、そういうこととは関係なく「好き」って言えるのがいいなと思って。その後もいろいろ話したんだけど、「そうなんだ!」ってすごく興味を引かれたんですよ。俺のなかのフジイくんは、その人ですね(笑)。

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