「元カレが好きだったバターチキンカレー」考案者・川代紗生に聞く、復讐心を埋葬する方法
SNSでのバズをきっかけに、天狼院書店併設のカフェの看板メニューとなった「元カレが好きだったバターチキンカレー」。このエピソードから誕生した小説が『元カレごはん埋葬委員会』(サンマーク出版)だ。主人公の桃子と、喫茶「雨宿り」の店長・雨宮、常連の黒田は、思い出の“元カレごはん”を「埋葬」することで、様々な客の失恋した心を浄化していく。ハートウォーミングなエピソードの中に、時にチクリと胸を刺す失恋の痛みがスパイスとなり、すっきりとした気持ちにさせてくれる作品だ。
今回リアルサウンドブックでは、『元カレごはん埋葬委員会』の著者であり、「元カレが好きだったバターチキンカレー」の考案者でもある川代紗生氏にインタビューを実施。『元カレごはん埋葬委員会』が制作された経緯から、作品づくりの裏話、埋葬委員会を通してやりたかったことまで、たっぷり話してもらった。(Nana Numoto)
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「復讐したい」という感情を埋葬
――『元カレごはん埋葬委員会』とは大変興味を引くタイトルだと思いました。本を執筆するに至った経緯を聞かせてください。
川代紗生(以下、川代):私が天狼院書店の福岡店で店長をしていたときに、併設されたカフェのメニューに「元カレが好きだったバターチキンカレー」という名前のカレーを考案したところ、SNSでバズりました。そのカレーが看板メニューになり、メディアに取り上げてもらって、『激レアさんを連れてきた。』(テレビ朝日系)というバラエティ番組にも出演することに。結果として、失恋した彼が好きだったレシピをいろんな人に食べてもらうことになり、私の中でのモヤモヤが救われたような気持ちになりました。
――なるほど、そんな経験が。
川代:そこで「失恋レシピ」というテーマでリトルプレスを作りたいと思いつきました。ただ、忙しくてなかなか実行にうつせなくて。そんなとき、私が考えていたアイデアとほとんど同じ内容の企画を、サンマーク出版の編集の方から「一緒にやりませんか」と提案してもらったんです。まさか同じことを考えている人がいるとは思わず、とてもうれしかったのを覚えています。最初はレシピ本を作ろうとして打ち合わせをしていましたが、たくさんの取材を重ね、元カレレシピを集めていくうちに「どうしたらこのモヤモヤ感を埋葬できるのか」という問題に直面しました。読み終わった後にすっきりしてもらうためには、いっそのことフィクションにして作中の人物たちに埋葬してもらった方が面白いという話になり、小説で出すことになりました。
――紆余曲折あったわけですね。第1話の『「元カレが好きだったバターチキンカレー」――あなたに好かれる女のふり』は、やはり川代さんの原点という気がしました。天狼院書店のホームページの記事(参考:【天狼院の新メニュー】元彼が好きだったバターチキンカレー《川代ノート》)に出てきた“元カレ”は、恭平に似ている部分はありますか。
川代:あまり寄せるつもりはなかったのですが、話を書く過程でいろいろな記憶を元にするので、どうしても元カレっぽい人になっているところはあります(笑)。
――川代さんがこの小説を書くことで、自身の想いを埋葬できた感覚は?
川代:本のための取材をしたときに、皆さんが元カレに対して色々なモヤモヤを抱えていると知りました。私と同じように、「あいつは本当に許せない」、「本当にクズ男だった」、「二度と会いたくない」などと言う方もいれば、「そうは言ってもやっぱり素敵な恋愛だった」と言う人、「あれ以上はなかったし、あれ以外の選択はできなかった」と言う人もいて。いろいろな人の話を聞いていく中で、私自身が元カレに「復讐したい、後悔させたい」ということにこだわっていたのかなと思うようになりました。
恋愛相手に限らず、仲違いした友達、先輩、上司など、悔しい思いをさせられた誰かを見返すために頑張ることが、ある種のモチベーションになることってあると思うんですよ。たぶん私も、元カレに復讐することが一つのモチベーションになっていたんだと思います。そこにずっとこだわり続けてきたけれど、もういいのかなと。「好きだから」という気持ちだけで文章を書いて、カレーを作るというシンプルなところに戻っていいんじゃないかと思うようになりました。
――本当に埋葬されたんですね。
川代:そうですね。埋葬されたと思います(笑)。最初にみんなに「元カレが好きだったバターチキンカレー」を食べてもらった時点で「こんな気持ちになるんだ」というくらい、すっきり感はありました。その後、作品を書いたことで「復讐したい」という感情も消えていきましたね。なんだか一周回ってすっきりしました(笑)。
ドラマ化するならどんなキャストに?
――カレー以外の7話分のエピソードは、どういうルートで取材対象者を探しましたか。
川代:最初に失恋レシピをやりたいと話していた時に「ネタがあるよ」と言ってくれていた人に声をかけたり、友達に何かないかと聞いたりしていました。最終的には家族のところまで聞きに行ったんですよ。実は、梅干しのエピソードは、私のおばあちゃんのレシピです。私の友達や知り合いとなると、どうしても20代、30代の働く女性に偏りすぎてしまい、全部が同じテーマになってしまいます。でも、いろいろな恋愛の形を描きたかったので、おじいちゃんおばあちゃん世代の話も盛り込むことにしました。私は、おばあちゃんの梅干しが大好きだったので、このレシピで一話書きたくて。ただ、内容は完全に創作になっていますね。
――『元カレごはん埋葬委員会』に出てくる、雨宮店長と黒田さんはとても印象的なキャラクターでした。彼らのキャラクターを固める上での工夫があれば教えてください。
川代:打ち合わせでフィクションにしようと決まった段階で、埋葬する場所はカフェということになりました。そして、そのカフェには主人公、イケメン、埋葬するためのお坊さんがいる。というわけで、この3人の登場は早い段階で決まっていましたね。そこからこの3人を、どういう性格にするのかというところで、すったもんだがありました。「桃子が店長で、振られてやってきたのがイケメンとお坊さん」という設定や、「お坊さんが超悟りを開いた伝説の住職」という説もありました。最終的には、「主人公の桃子は感情的で女の子の気持ちを代弁するキャラクター、お坊さんは論理的であまり女性経験もなく、女の人の気持ちがわからないキャラクター、イケメンの雨宮店長が対照的な2人のバランスを取る」というかたちで組み立てていきました。
――すごくキャラクターがいきいきしているので、私の頭の中では“実写化するならこのキャスト”ということまで思い浮かんでいます(笑)。すごくテレビドラマっぽさのある内容でしたが、映像化は意識せず、あのようなキャラクターになったのでしょうか。
川代:実は、とても意識しています(笑)。この作品は会話劇なので、映像が頭に浮かぶことが大事だと思っていました。キャラクターたちが本当に頭の中で話しているみたいな小説にしたかったんですよね。もちろん自分からドラマ化したいなどと言うつもりはなかったけれど、読んでくれた多くの方から「ドラマ化されそう」という声があったので、すごく嬉しかったです。
――それくらい情景が思い浮かびました。イメージ的には深夜ドラマの枠で観たいですね。
川代:嬉しいです。まさに狙っている時間帯です。雨宮店長役には、本当にいろいろな俳優さんの名前が挙がってきますね。例えば私の父は、「元V6の岡田准一くんがいいな」と言っていました。みなさんが世代ごとに思う最大級のイケメンを挙げてくれるのが嬉しいですね。実は私も、デスク前の壁に当て書している俳優さんや、喫茶「雨宿り」のイメージとよく似た喫茶店の写真を貼りながら書いていました。三軒茶屋にも何度か行き、「雨宿り」はきっとこの辺にあるんだろうな、と心の中で決めていました。近くには、ちゃんとお寺もあるんですよ(笑)。