『ちいかわ』島編で話題の「不老不死」問題 名作漫画、高橋留美子『人魚』市川春子『宝石の国』から考察
■美しく変わらない宝石の身体。だからこそ不安定な感情
また、市川春子が描く『宝石の国』(講談社)では、美しい宝石の肉体を持つ登場人物たちの穏やかな生活や、地球にやってくる敵・月人との戦いを通して世界の秘密を暴いていくストーリーが展開されている。
主人公・フォス(フォスフォフィライト)は、不老不死であるがゆえに“諦める”ことができない。簡単に死ぬことがないからこそ、大切なもののために自分を大切にできないフォスの痛みと苦しみは、読んでいて辛くなってしまうほどだ。
損壊した体を埋め合わせるために様々なものを“繋ぎ合わせ”てきたフォスの精神はとても不安定。頭も脚も腕も元の自分とは異なるものなのに、どれだけ残っていたら“自分”のままでいられるのか。
ストーリーが進むにつれてフォスの精神はどんどん壊れていくが、『宝石の国』13巻に収録されている「約束」では、もはや美しかった頃の宝石のフォスは見る影もない。かつての仲間であった宝石を躊躇いなく砕く様は名伏しがいまでにおぞましく、そして哀しい。
壊れてしまったフォスは、最初の自分の望みと現在の状況でなすべきことが複雑に入り組んでしまい、戦闘中もその二つを行き来していることが見てとれる。死ぬことができないからこそどちらも諦めることができず、感情にも終わりを見出せずに苦しむ姿に胸を締め付けられる。
『ちいかわ』の島編で人魚の肉を食べて不老不死となった島民もまた同じである。島民は半ば仕方なく不老不死になった側面もあるが、同時に誰にも打ち明けることのできない秘密を抱えてしまった。
セイレーンの仲間を手に掛けた、そのせいで他の島民たちが犠牲になった、という重苦しい十字架が、死という終わりを失った島民をこれからも永遠に苦しめ続けるのだろう。最後に二人だけの無人島に行ったのは、そんな苦しみから少しでも逃れたいがためだったのかもしれない。
他にも不老不死に近い人物が物語のトリガーになっている作品として『ダンジョン飯』(KADOKAWA)や『葬送のフリーレン』(小学館)が挙げられる。いずれも近年支持を集めている作品であり、昨今は「不老」や「不死」がトレンドのテーマとなっているのかもしれない。
『ちいかわ』を掘り下げて覗き込むとどこまでも深く広がっているように思えるが、その不穏さを上回るほどの健気さや友情の尊さが、全世代から支持を集める人気コンテンツたらしめているのだろう。