小説家・加藤シゲアキの真骨頂ーー最新刊『なれのはて』の重層的な物語世界

 本書には読者の興味を惹くフックが、幾つもちりばめられている。たとえば守谷は報道局時代、小笠原という先輩記者の世話になっていた。しかし、まだ説明されていない事件に小笠原を巻き込んでしまい、そのことが負い目になっているらしい。また、守谷と吾妻は、家族に複雑な思いを抱いているようだ。このようなフックがたくさんあり、読者を物語に没頭させるのである。

 とはいえ本書の最大の謎は、イサム・イノマタの正体と、過去の事件の真相である。だが、調べれば調べるほど、底が見えなくなる。感心したのはここに、史実を持ってきたことだ。ひとつは、かつて秋田県が国内最大の原油産出県だったこと。焼死体となって発見された傑は、猪俣石油化学株式会社の創業者であり、猪俣家は今でも隠然たる勢力を持っている。守谷たちが頼る秋田の刑事・長谷川勉は、かつて小笠原と猪俣石油の贈賄疑惑を追ったが、圧力によって潰されたという過去がある。さらに現在の社長である猪俣輝は、吾妻がイサム・イノマタの絵を所持していると知ると、一億円で買い取ると申し出た。そして、これを断った吾妻は東京で空き巣に狙われたのだった。

 このような現代パートの合間に、さまざまな人物の視点による過去パートが挟まる。猪俣傑・勇・輝の三人の他に、猪俣家と深い関係にある赤沢寅一郎や藤田八重の人生が綴られる。そこからさまざまな事実が露わになっていくのだ。猪俣一族の〝業〟に満ちた歴史も、本書の読みどころだ。

 一方で、もうひとつの史実である、土崎空襲もクローズアップされる。ちなみに土崎空襲とは、終戦の一日前に起きた、日本最後の空襲である。米軍の爆撃の目標は製油所。ここでも石油が重要な意味を持っているのだ。また、この空襲により戦災孤児となった道生という少年を、勇が引き取ることになる。長大な時間軸を持つ物語は、守谷と吾妻も巻き込み、壮大な人間ドラマへと昇華。守谷の再起や、吾妻の家族との和解など、サイド・ストーリーも充実している。しかもラストには、最大の感動が待ち構えているのだ。多数の要素を巧みにまとめ、ずっしりとした物語世界を創り上げられている。これが小説家・加藤シゲアキの真骨頂だ。

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