大谷翔平の活躍で引き合いに出る野球の神様ベーブ・ルース 死の間際で語った日本への追憶

 大谷翔平が、超人的なポテンシャルを発揮して、メジャーリーグの記録を次々と塗り替えている。

  そんなとき、必ず引き合いに出されるのが、野球の神様「ベーブ・ルース」だ。「ベーブ・ルースの記録を抜いた!」ことあるごとにそう喧伝されるのも、ルースもまた二刀流だったからだ。

 しかし現在、1914年にレッドソックスでメジャーデビューをしたほぼ100年前に活躍したベーブ・ルースのことを、どれだけの人がしっかりと知っているのだろうか。ベーブ・ルースは、投打共に活躍したわけだが、実質的に二刀流で活躍したのは1918-19年の2年間。1920年にヤンキースに移籍してからは、野手としての活躍がメインとなっていく。生涯本塁打714本、2213打点、本塁打王12回、投手としても94勝をあげている神様の記録に、大谷翔平は日々近づきつつあるわけだ。

  ところで、ルースが戦前の親善試合で来日していたことをご存じだろうか。1934年に行われた読売新聞社主催の日米大野球戦のことだ。その遠征試合の様子は、「大戦前夜のベーブ・ルース」(原書房)に詳しい。親善試合の成否は、ベーブ・ルースが来日するかどうかにかかっていた。元々は、日本行きに乗り気ではなかったルースだが、ニューヨーク在中の実業家でメジャーリーグ関連の記事を寄稿していた鈴木惣太郎氏が暗躍する。

  理髪店で散髪していたルースをつかまえるや、でかでかとルースの似顔絵が描かれた親善試合の広告ポスターを見せながら熱い想いを伝える鈴木氏。するとルースは力強い笑い声と共に日本遠征に同意したという。ルース率いる全米チームの日本遠征をきっかけとして、プロ野球が創設されたのだから、鈴木氏のルース説得は日本の野球史を前進させた超ファインプレーだった。

  そのおかげもあり、1934年の日本遠征は豪華なメンバーとなった。ベーブ・ルース、ルー・ゲーリック、ジミー・フォックスなど3人の本塁打王を揃え、さらに速球王のレフティ・ゴメスも参加。11月2日には銀座の大通りで歓迎パレードが行われ、全米チームのメンバーはオープンタイプのリムジンに乗り込み、ルースはその先頭車の後部座席に座った。

「万歳! 万歳! ベーブ・ルース!」

  銀座は約50万人にも及ぶ群衆が歩道に収まりきらず、車道にまではみ出していた。ルースの人気ぶりは凄まじく、本人も大いに喜び、あらゆるものにサインを書き、パフォーマンスも惜しまなかった。

  だが、この時期の日米関係は、ペリー来航以来、最悪の状態である。1931年に関東軍が満州事変を起こし、世界各国から非難を浴びていた。上海事変、五・一五事件、そして国際連盟からの脱退──。駐日アメリカ大使のジョセフ・グルー氏は、「軍部のプロパガンダにより軍部も大多数の大衆も、最終的にはアメリカとの戦争は避けられないと信じ込んでいます」と国務長官・コーデル・ハルに書簡を送っている。

  それだけに日米チームの親善試合は、「険悪なムードな両国の友好関係を少しでも向上させられるものになるはず」と期待されていたのだ。アメリカの新聞には、「日本は世界平和を犠牲にしてまで海軍の軍備を増強しようとする好戦的な国家だ」と見出しが躍っていたが、野球選手が伝えた日本人像は、同じ国民的娯楽を愛している礼儀正しい友好的な国民だった。

  ただ表面上は平穏に見えたものの、その奥には西洋列強に対する不満が渦巻いていた。ルース率いる全米チームを歓迎しない人たちもおり、「明治天皇の名を頂いた神宮球場で試合をすることは許されない」と読売新聞社代表の正力松太郎氏が襲撃される事件が起こっている。

  日米対決の結果は、18戦行われてすべて全米チームの勝利。ベーブ・ルースの成績は、18試合で打率4割8厘、本塁打13本、打点33。恐ろしいほどの打棒を見せつけ、ルースも良い思い出のまま日本を後にした。駐日大使のグルー氏も、「日本遠征は、日米親善の深化に大きく寄与した」と喜んだ。

 1941年12月8日、真珠湾攻撃。一報を耳にしたルースはこの上なく激怒し、アジア遠征で贈呈された記念品や土産物を、罵詈雑言を吐きながら窓から投げ捨てたという。ルースは一転して日本を憎み、戦争の資金集めに奔走。募金勝移動、OB戦の企画、戦時国債の宣伝マンとしてラジオコマーシャルにも登場。伝記によると1940年代のルースは、「国旗やハクトウワシに劣らない愛国のシンボル」となった。

  1948年にルースががんで亡くなる直前、取材でこう振り返る。

 「7年前に日本人は卑怯な攻撃を仕掛けてきたが、何百万人もの日本人が自分を歓迎してくれた気持ちに偽りはないと思う……もちろんあの中にも鼻持ちならない奴は大勢いたんだろうけど、あの日本遠征を振り返ると、政府がおかしければ友好的な人でも戦争をする気になるのだと思わずにいられない」。

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