『守娘』『スクールバック』『ドラQ』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 7月のおすすめ新刊漫画

 今月発売された新刊の中から、おすすめの作品を紹介する企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき5作品とは?

『守娘』(上・下)シャオナオナオ

 『用九商店』や『緑の歌-収集群風-』などを筆頭に近年注目されている“台湾マンガ”。先月には、第14回日本国際漫画賞で最優秀賞を受賞した『送葬協奏曲』の日本語版『葬送のコンチェルト』が刊行され大きな話題を呼んだが、今月はまた一段と胸に迫る、衝撃的な台湾マンガが新たに書店に並んだ。それが、シャオナオナオ先生による『守娘』だ。

 何かに惑わされるような、ミステリアスな雰囲気を醸し出す朱色の表紙。そして、流れるような線と繊細な余白と濃淡......まるで水墨画のように美しい筆致で描かれる『守娘』。その内容とは、台湾最強の女幽霊と呼ばれる「陳守娘」伝説を題材にした物語だ。恐縮ながら本作をきっかけに「陳守娘」を知ったのだが、その伝説を紐解いていくと「怖い!」や「台湾最強ホラー!」だの、そんな言葉で片づけられない、いや片付けたくない切実さが潜んでいる。

 そもそも、なぜ「陳守娘」という女幽霊が生まれたのか? 『守娘』本編でも丁寧に解説されているが、紐解いていくと、当時の社会情勢や、それに伴う女性の地位の低さが根深く関わっており、つまり“女性であるがゆえに非業の死を遂げた”........決して望んで幽霊になったのではない、悲しき一人の女性の人生が見えてくる。

 『守娘』は、そんな「陳守娘」伝説をベースに名士の娘・潔娘と、ひょんなことから出会った済度師(*霊媒師)が、突如襲いかかってくる怪奇現象や、それによって明らかになっていく女性の誘拐や人身売買といった巨悪な事件に立ち向かう様子を描く。

 足の小さな女性が魅力的だとされ、足に布をきつく巻く纏足という風習。女性は男を産む道具のように扱われる........。「陳守娘」が誕生した時代はもちろん、潔娘の生きる時代はそれが当たり前だった。本編を通して、鮮烈に描かれる女性に対する差別どころか悲惨な抑圧の歴史に、やるせない気持ちが込み上げる。だが、ここで唯一の希望として描かれるのが、他ならぬ主人公の潔娘なのだ。

 この時代に纏足をしていない、さらには結婚できる年齢になっても縁談話に消極的.......そんな潔娘は、義理姉や親戚たちから疎まれている存在だが、彼女は決して自分の人生を諦めない。怪奇現象をきっかけに、誘われるように社会の闇に立ち向かい、その先に辿り着いたこの時代に“一人の女性”として生きる道。

 『守娘』は、台湾最強の女幽霊と呼ばれる「陳守娘」伝説を題材とした物語だが、決してホラー作品ではない。「陳守娘」伝説を通して女性の差別・抑圧の歴史に切り込みつつ、潔娘という新たな主人公を据えて、世の中への怒りと、それでもなお立ち向かおうと全てに抗い、挑み続ける.......作り手の並々ならぬ覚悟を感じる、意欲作である。

『スクールバック』小野寺こころ

 子どもと大人の狭間で揺れる高校生活。けれど、思い返せば自分が高校生の時に周りにいた大人といえば、担任、顧問、保健室の先生.........片手におさまるくらいだった。子どもと大人の狭間で揺れる割には、意外と“大人”と接する機会がなかった事実に時を経て驚いてしまう。

 『スクールバック』には「あぁ、こういう大人が側にいて欲しかった」と。心の中にいる過去の自分が思わず顔をのぞかせるような、そんな素敵な“大人”が登場する。それは、担任や顧問、保健の先生でもなく、“用務員さん”という存在。学校の清掃はもちろん、巡回、設備保全・交換など、ひとくちに用務員といってもその業務は多岐に渡るが、本作においては生徒に寄り添う大人として“用務員さん”にスポットライトが当てられている。

 電車で痴漢に遭い、自力で捕まえたら周囲の大人たちから心無い言葉をかけられて密かに傷ついている女子高生。気軽に「死ね」という言葉を使う同級生たちとのコミュニケーションに心を痛める男子高校生。本作には、高校という狭い檻の中で、子どもと大人の狭間でもがき、生きづらさを感じる生徒たちが数多く登場する。そんな生徒たちに大人らしくアドバイスをするわけでも「悩みなら聞くよ!」みたいな相談役を買って出るわけでもなく、ただ歩調を合わせて対話をしてくれる存在。それが用務員の伏見さんだ。

 用務員とは考えてみると不思議な存在で、学校という同じ空間に存在しつつも、教室を統べる担任、部室で構えている顧問、保健室で優しく待ち受けている先生と違って、“領域外”とでもいうべきか......教室でも部室でも保健室でもない、何にも囚われない、まっさらな空間にいる大人だ。この絶妙な立ち位置が生徒の心を解くのか、『スクールバック』に登場する生徒たちは、伏見さんに自分の心の中のモヤモヤを打ち明け、キャッチボールするかのごとく言葉を交わしていく。そうして、最終的には自分自身で感情の“落とし所”を見つけるのだ。

 昔の私は大人に何を求めていたんだろうか?  アドバイスが欲しかったわけでも、ましてや悩みに対する正解を教えて欲しかったわけでもない。きっと、伏見さんのようにちょうど良い距離感でしっかりと“対話”をしてくれる。そんな存在が欲しかったのだと『スクールバック』を読むと気付かされる。

 どんなに当時求めていた“大人”が明確になったところで、過去をやり直すことはできない。けれど、本作に登場する生徒と自分を重ねて伏見さんと対話をしてみる........そうすることでなんだか過去の自分が救われるような温かな気持ちになるのだ。

『ドラQ』千代

 実写ドラマ化もされた人気作『ホームルーム』の千代先生による最新作、それが『ドラQ』だ。主人公は、吸血鬼であることを隠しながら人間界で女子高生として暮らす黒崎アメリ。そんな彼女が恋に落ちたのは、喧嘩ばかりしているクラスメイトの青年・パコだった。

 吸血鬼と人間による異種族恋愛.......最新作『ドラQ』では、そんな禁断に満ちたラブコメディが描かれるのかと思ったが、やはり『ホームルーム』の鬼才・千代先生。ページをめくるたびにお見舞いされる、決して一筋縄ではいかない展開に思わず「きたきた!」と。なんだか嬉しい高揚感に包まれていく。

 まず、最初に魅了されたのは、吸血鬼と人間という異種族間の恋愛だからこそのラブシーン。例えば、頭ポンや壁ドンや顎クイ......これまでにもマンガの世界では数々の名ラブシーンが生み出されてきた。だが『ドラQ』で描かれるのは、今までに見たことがない、いや誰が想像しただろうか?  と度肝を抜かれるほど強烈なラブシーンだ。吸血鬼という設定上、少々血みどろで、刺激的で、でもどこか甘美な魅力に溢れている全く新しい表現。なんだか気軽に踏み入れてはいけないような、畏敬の念すら抱いてしまう美しい描写にぜひ注目してほしい。

 そして、何よりも前作『ホームルーム』から引き継がれる、読者をふいに“かましてくる”あの感じ。これがたまらなく良いのだ。物語が進むにつれてやってくる、シリアスなシーン、心ときめくシーン......でも決してこのままではいかない、まるでものすごい急カーブに入ったかのように、突然くらわせられるユーモア表現。なんだか呆気に取られてしまうが、そのうちにあれよあれよと千代先生ワールドの術中にはまっていく。

 『ドラQ』とはどんな話ですか?  と聞かれたら、吸血鬼と人間が織りなすラブコメディ!  と答えるだろう。だが、このラブコメディという外枠から連想されるイメージを突き抜けていく、“一筋ではいかない”ところが本作の魅力であり、千代先生の真骨頂。ぜひ、この唯一無二の世界観を体験してみて欲しい。

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