川上未映子「イノセンスを原動力にして生きる語り手にすべてを託す」 蟹ブックス『黄色い家』読書会レポート
川上未映子氏の新刊小説『黄色い家』(中央公論新社)の読書会が、東京・高円寺の書店・蟹ブックスで開催された。(メイン写真:©️神藤剛)
今年2月に刊行され注目を集めている同作は、クライム・サスペンス。17歳の夏、親もとを出て「黄色い家」で擬似家族のように暮らす少女たちが、生きていくためにカード犯罪の出し子というシノギに手を染める。その共同生活はある悲劇を境に、思わぬ方向へと進んでいくーー。
今回のイベントでは、著者の川上未映子氏が登場し、話の聞き手を蟹ブックス店主で作家としても活動する花田菜々子氏が務めた。後半部は来場者もディスカッションに参加し、同作を深く楽しく語り合うインタラクティブな読書会となった。語られたテーマは幅広く、文学と犯罪、本作執筆の裏話、登場人物の解釈など。その様子を抜粋・編集した採録記事をお届けしたい。(篠原諄也)
人間のどうしようもなさとエネルギー
花田:早速なんですけど、私は『黄色い家』がめちゃくちゃ好きでした。すごい小説だと思って。
川上:ありがとう。ご感想がきけて、ほっとします。
花田:刊行から4ヶ月経ちましたが、反響はどうでしょう? 私自身はこれまでの作品の延長でありながら、かなり大きく変わったようにも思いました。
川上:今回は新聞連載だったんですよね。「新聞向けに読みやすくしたんですか?」と聞かれることもあるんですけど、まったくそんなことはなくて。違ったのは、いつもはいろんなことを決めてから書き始めるんですけど、今回は、連載が1年だから全体は1000枚弱くらいかなと思ったのと、章のタイトルだけ。真ん中くらいで「黄色い家」にたどりつこうと思っていました。「家」だけに、間取りだけを決めていたって感じ(笑)。
花田:すごいですね。冒頭に(黄美子さんが監禁・傷害の罪に問われた)新聞記事があって、20年前に主人公の花と黄美子さんのあいだで何かがあったんだろうと思わせますが、細部は書きながらできていったんですね。
川上:時代的にもカード絡みの事件が起きるんだろうな、と考えていたけれど、内容は書きながらでした。最初は新聞という媒体に対する批評を加えられるといいなと思いました。
花田:殺人事件などが起きた時に、犯人がいかに異常だったかということばかりが報道されますよね。私たちもそう思いたくなってしまうところもあります。
川上:ニュースで情報に触れる時、見出しを見ただけで内容を想像してしまいますよね。この作品は新聞記事から始まるんですけど、伊藤花の回想の物語をすべて読んだ後に読み返すと、記事の印象が変わると思います。物語ではその個別性を、いろんな角度から楽しんでもらえたらという気持ちがありました。
花田:小説は90年代後半が舞台ですが、また最近ちょうど闇バイトという言葉が注目されてきています。若い世代がネットで簡単に犯罪に加われるようになり、そうした事件がたびたび起きています。
川上:そうなんですよね。ただ、闇の世界とつながることでしのいでいく人たちは昔から一定数います。その方法や報道のされ方は変わっていますが、根本的には変わらないし、変われないんだなって思います。私は小説を書く時に、社会問題について書きたいという強い動機はなくて、人間が生きているということを書けば、社会問題にもつながっていくという方向なのかな。例えば、フェミニズムという言葉を使わなくても、女性の生活をしっかり書けば、どのような形であれ接続されると思うんです。
『黄色い家』は、経済的に逼迫していて声をあげられない若い人たちのことを考えようよ、という気持ちでは書いていないんです。もちろんどんな風にでも読んでもらえるのが喜びなんですが。誰の言葉か忘れちゃったのですが、「生きてるっていってみろ」みたいな歌だったか、セリフだったかがあったと思うんですが、なんか、書いてるときは、どんな種類の文章であっても、そういう感じがある。犯罪は駄目なんだけど、でも人間ってやっぱりさ、どうしようもないものじゃないですか。
小説は、おそらくジャッジではないんだろうなと思います。私は東京に来てから長い間、三軒茶屋に住んでいたんですけど、下馬とのあいだにインディペンデントの小さなフジヤマさんってレコード屋があって、そこの看板にじゃがたらの江戸アケミさんの「やっぱ自分の踊り方でおどればいいんだよ」という言葉が書かれてあって、私はずっとその看板の前を通っていたんですよね。なんだか、最近よく思いだすんです。
花田:未映子さんの人物描写やキャラの造形は本当に深いと思います。とってつけたような人が、ストーリーを進めるために何かをするんじゃなくて、その人たちが本当に動いているように感じます。登場人物全員に対して、こういう人はいるだろうし、こういう行動をするだろうなと思うんです。
川上:それは、最高の褒め言葉を頂いたように思います。ありがとう。それは何でだろうね。たとえば、私はクラブホステスだったから、すごい数の人に接客したんだよね。いろんな人が来て、その時にフィジカルで感じたことが溜まってるんだと思う。見たり感じたりしたことが、その時は言語化してなかったんだけど、書く時に出てくる時期になったのかもしれませんね。自分のことをそのままに書いたことはないけれども、必死に生きている人を書くとなった時に、どうしてもそれが出てくるのかもしれない。