『ONE PIECE』ルフィの「心理描写」がまったくないのはなぜ? 尾田栄一郎のこだわりとその効果を解説
「週刊少年ジャンプ」での連載が最終章を迎え、さらに大きな盛り上がりを見せている『ONE PIECE』。その主人公であり、国民的キャラクターといえるモンキー・D・ルフィについて、熱心なファンの間では「心理描写がない」ことが知られている。
キャラクターが何を考えているのかーーその本心、信念や葛藤を読者に伝える上で「心の声」は重要な役割を果たすもので、主人公に限らず、多くの漫画で実際に口に出した「台詞」と差別化して描かれている。しかし、ルフィにはその描写がない。例えば、人々の笑いものになりながらも夢を信じ続けたモンブラン・クリケットに対し、「おっさん!!/聞こえるか?/“黄金郷”はあったぞ!!!」と心の中で叫ぶ描写はあったが、これは実際の叫びに近いものであり、「心理描写」とはまた違っている。
このことについて、『ONE PIECE』コミックス54巻の質問コーナー「SBS」で作者の尾田栄一郎氏は、ルフィに関しては心の中の台詞を書かないと決めているとして、「読者に対して常にストレートな男である為に『考えるくらいなら口に出す』または、『行動に移す』ということを徹底しております」と、その意図を明かしている。読者の質問に対して「すごいとこに目をつけましたね~」と脱帽していることからも分かるように、連載開始当初からこだわってきたポイントのようだ。
当然ながら、「心の声」が描かれないキャラクターは思考過程がわかりづらく、ミステリアスな印象になりがちだ。ルフィについても、そのことがある種の「底知れなさ」や「カリスマ性」を強調する効果をもたらしているかもしれないが、一方でミステリアスとは程遠く、親近感のあるキャラクターになっているのが面白い。
心理描写がないことの裏返しとして、逡巡や葛藤もストレートに言動で表現するルフィ。それゆえに「言葉の瞬発力」があり、印象に残る名台詞が多い。
例えば、過去の経験から海賊を憎み、ルフィにも頼ろうとしなかったナミがついに助けを求めたシーンでの「当たり前だ!!!!!」も、すべてを抱え込もうとするアラバスタの王女・ビビに対して放った「おれ達の命くらい一緒に賭けてみろ!!! 仲間だろうが!!!!」の一喝も、一瞬の逡巡も打算もなく、だからこそ胸を打つ。
麦わら海賊団の船医、チョッパーを勧誘した際の「うるせェ!!! いこう!!!」も有名な台詞だが、言葉が思考を追い越している感じがいい。海賊への憧れを持ちながら、一歩を踏み出さない理由を“頭で考えて”足踏みを続けるチョッパーに対して、瞬発的に出てきた言葉が「うるせェ」だったのが極めてルフィらしく、かつ的確だった。チョッパーを思いやるような心理描写があったら、ルフィらしさや爽やかな感動は薄れていたに違いない。
さまざまなテーマで「考察」が盛り上がる『ONE PIECE』だが、ルフィの言動は常に考察不要な明快さ/一貫性を持っており、だからこそ国も年代も超えた多くのファンを魅了している面はあるだろう。その意味で、尾田氏の「ルフィの心理描写をしない」というこだわりは作品の魅力に直結していると言えるのではないか。