コアミックス編集者が高校生に「秘伝のノウハウ」を伝授 熊本県立高森高校「マンガ学科」の狙い

 2023年4月、熊本県高森町にある熊本県立高森高校に、公立高校では全国初となる「マンガ学科」が設置された。漫画雑誌「月刊コミックゼノン」を刊行する出版社「コアミックス」と自治体がタッグを組み、未来の漫画家を輩出しようという意欲的な試みだ。前例のない斬新な取り組みがスタートした理由を、プロジェクトを推進するキーパーソンにして、熊本コアミックス代表取締役社長・持田修一さんに伺った。(山内貴範)

熊本でプロジェクトが始まった背景

熊本県立高森高校

――東京ではなく熊本の、しかも公立高校で漫画学科の新設ということで大きな話題になっています。なぜ、熊本という場所を選んだのでしょうか。

持田:もともと当社(コアミックス)社長の堀江信彦が熊本出身で、熊本の経済界や行政に幼馴染みや同級生が多く、いろいろとご提案やご縁があったのも大きいと思います。弊社には「若い人たちにチャンスを与える」という企業理念がありまして、その一環で10年前から海外の漫画家を発掘する世界最大規模の漫画賞「サイレントマンガオーディション」を主催しているんですが、受賞者たちを日本に招聘し育成するプロジェクトの拠点となる場所を探していたところ、ご縁の深かった熊本が候補に挙がってきたんです。

――なるほど。堀江社長の縁と、地元からの後押しがあったということなのですね。

持田:そうですね。2016年に熊本地震があって、熊本の方々が復旧・復興に全力で取り組んでいた頃、弊社も「漫画で熊本を元気づけられないか」と申し出て、2017年に復興支援イベント「熊本国際漫画祭」を開催させていただいたんですよ。世界に向けて「笑顔」をテーマにした漫画やイラストを募集したところ、約200作の漫画と、約500点のイラストが世界中から集まり、展示会場の鶴屋百貨店は連日大盛況となりました。この時、私たちだけでなく、熊本の方々も漫画の力や可能性を感じてくださったことが大きかったですね。

――熊本といえば数多くの漫画家を輩出し、ご当地キャラのくまモンが人気です。漫画やキャラクタービジネスに対して、理解がある土地柄なのでしょうか。

持田:おっしゃる通りです。『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生を筆頭に、本当に多くの熊本出身の漫画家の先生方が最前線でご活躍ですし、世界で1兆円を超えるメディアミックス総収益をあげているくまモンも生み出した県ですから、漫画やキャラクターの力をよく理解されていると感じています。だからこそ、県内各地にキャラクターの銅像を設置した尾田先生の「ONE PIECE熊本復興プロジェクト」とともに、弊社の海外漫画家を発掘する「熊本国際漫画祭」も受け入れてくださり継続的に毎年できないかというご提案をいただいたのだと思います。そこで、弊社は漫画家の発掘と育成の拠点を熊本に置こうという流れとなりました。

――出版社が地方に拠点を設ける例は珍しいと思います。

持田:現在「サイレントマンガオーディション」は141の国と地域から累計6,300の応募作品が集まり11,400人のクリエイターが参加する漫画賞となっていますが、その中でも最大応募数を誇るインドネシアと熊本は文化や経済の交流が非常に深かかったんです。それに加え、リビングコストの面も含めて、大自然に囲まれ、水が美味しく食が豊富な熊本は、世界中のクリエイターにとって魅力があり、移住して創作活動をしたくなる最適な場所ということがリサーチしてわかりました。こうして、2018年10月には「熊本コアミックス」を設立し、熊本に海外の漫画家を育成する施設をつくる話が進んでいくのです。

地方で漫画家を育てるメリット

――高森高校のマンガ学科のプロジェクトは、どのような形で動き出したのか伺いたいと思います。まずは、高森町と縁が生まれた経緯を教えていただけますか。

持田:高森町出身の経済界の方のご紹介で、弊社の堀江が高森町の草村大成町長とお会いした際、草村町長からエンタメと連携した町づくり構想のご提案があったのが始まりです。

――町長さんが意欲的だったのですね。

持田:堀江と同じくスピード感と実行力は半端ない方ですね(笑)。まず2018年に20か国、50人の海外漫画家を高森町に招いて「くまもと国際マンガCAMP in 阿蘇高森」というイベントを開催しました。廃校となった小学校をリノベーションした施設を使って日本でデビューして成功するためのノウハウを教えるという、漫画家で弊社役員の北条司や原哲夫たちも参加したサマーキャンプだったんですが、これが世界中の漫画コミュニティーでバズり大変話題となりました。高森町は人口約6000人で高齢者の多い自治体ですが、役場のみならず町民の方々が総出でこのイベントに協力してくださったんですよ。

――町の方々の協力体制も素晴らしいと思います。

持田:弊社はこれまでいろいろな自治体とお付き合いをしてきましたが、高森町が最も一緒に汗をかいていただいた印象でした。これは大きかったですね。こうして、弊社と高森町は包括連携協定を締結し、エンタメと連携した町づくりを一緒に進めることになったわけです。

――具体的にはどのようなことを進めているのでしょうか。

持田:経営不振で休業していた高森温泉館という町営施設を買わせていただき、リノベーションして多くの漫画家やアーティストを育成する施設を弊社が建設しました。その4500坪の敷地内に住居棟を設けて、同じ夢と志を持った仲間たちと切磋琢磨しながら共同生活と創作活動ができる新しい時代の「トキワ荘」をつくったわけです。それが「アーティストビレッジ阿蘇096区(オクロック)」です。新型コロナで招聘が遅れましたが、現在はアメリカ、ブラジル、インドネシア、フィンランド、オーストラリアなどから10名の海外漫画家、4名の日本人漫画家が高森町に移住してこの施設で活動しており、すでに2名が連載デビューしています。また2020年に弊社の漫画作品を舞台化する女性だけの劇団「096k熊本歌劇団」を立ち上げ、高森町の地域おこし協力隊としてこの施設を拠点に世界に向けて活動を行っています。漫画家や編集者、劇団員やスタッフを合わせて50名以上のエンタメ関係の若者が高森町に移住しPRや活性化を担っていますので、いつの間にか全国の見本となる地方創生のモデルケースと言われるようになっているようです。

アーティストビレッジ阿蘇096区外観
アーティストビレッジ阿蘇096区内観

高森高校マンガ学科、本格始動

『企業戦士YAMAZAKI』などの作品で知られる富沢順先生による授業の模様

――マンガ学科が設立される前の高森高校は、どのような状況だったのでしょうか。

持田:高森高校は阿蘇地域の伝統ある県立高校ですが、町の過疎化などに伴い定員割れが続き、去年は全学年で78名の生徒しかいませんでした。熊本地震で通学手段の南阿蘇鉄道が被災し長らく不通となっていた事も影響していると思いますが、このままでは廃校が懸念される状況だったと思います。

――私の地元は秋田県ですが、やはり公立高校の志望者減は深刻で、あの手この手で生徒を集めようとしています。地方共通の問題ですね。

持田:熊本県も高校魅力化推進の動きが活発で、高森高校の当時の校長先生や熊本県教育委員会の方々がよく相談にいらっしゃいました。マンガの専門学科をつくって生徒を集められないかと。弊社は東京本社で日常的に漫画家を育成していますし、アーティストビレッジ阿蘇096区でも海外漫画家を育成する体制を整えていたので、高校生に漫画家になるためのノウハウを実践的に教えたり、漫画表現を学ぶカリキュラム作成のご協力もご近所なのでできますよとお話したところ、マンガ学科設立の機運が一気に高まったようです。蒲島郁夫熊本県知事や草村町長たちのリーダーシップも大きく、熊本県教育委員会、高森町、高森高校、コアミックスによるマンガ学科設立準備のための四者協定が結ばれたわずか一年後に、高森高校マンガ学科が誕生しました。異例のスピードですよね(笑)

――前例のない企画ですし、実施に当たって不安はございませんでしたでしょうか。

持田:実は、私たちも最初「そう簡単に生徒は集まらないのでは」と不安でしたが、去年7月に実施したオープンスクール(学校説明会)には、定員40名のマンガ学科に対して全国から100名以上の応募がありました。保護者を含め250名が高森高校や弊社の施設、高森町を見学に訪れたのですが、その数の多さに圧倒されて「うちも本気でやらなければヤバい」と気を引き締め直した感じです。実際、マンガ学科の入試の前期試験の倍率は約1.82倍になり、初年度から狭き門になってしまったわけですから。

――凄い志願倍率ですね。地方の公立高校では驚くべき数値です。

持田:マンガ学科の倍率が予想以上に上がってしまったので、あえて普通科を受験し、放課後の部活動でマンガに関わりたいという生徒も出てきました。ここまでの反響があるとは私たちも驚きで、新設された部活動の「マンガ部」の指導に弊社も責任もって参加することとなりました。

入学した生徒の顔ぶれはどんな感じ?

――様々な企業がアンケートをとると、10代の憧れの職業に漫画家やイラストレーターがランクインします。持田さんは編集者として漫画家志望者と長く関わってきたと思いますが、近年の傾向や特徴は何かありますでしょうか。

持田:興味深いのが、漫画家になりたいという最近の若者は圧倒的に女子が多いということ。業界にいて10年以上前からその傾向が強くなっているように感じます。現に、弊社コアミックスが主催する漫画賞の受賞者は女性が多く、連載陣の比率もやはり女性率が高まっています。大学や専門学校を例に見ても、進路として漫画コースを選ぶのは圧倒的に女性が多いという話です。その傾向を反映してか、高森高校マンガ学科も定員40名中、男子は6名と少ないんですよ。

――実際、「週刊少年ジャンプ」などでも女性作家が多く活躍されていますよね。女性の比率が高まった理由はどこにあるのでしょうか。

持田:あくまでも個人的な感想ですが、今は男性よりも女性の方が、若いうちからやりたいことをやり、興味のあることを学びたいという好奇心やチャレンジ精神が強いように思います。不況が続く先行き不安なこのご時世なので、今の若い男性は堅実さを優先せざるを得ない境遇にあるのかもしれません。そう考えると、プロとして成功する保証はない厳しい世界ですが、漫画を学ぶことで、たとえプロの漫画家になれなくとも、エンタメ業界への進路の幅が増え人生の選択肢が豊かに広がっていくんだということを、私たちがマンガ学科で実証していかねばならないと思います。

――実際の生徒のレベルはどうですか。

持田:始まったばかりなので、まだまだ拙い部分も多いです。でも、磨き方次第でいくらでも才能を伸ばせるダイヤの原石ですよ。そもそもマンガ学科に入ろうと中学生で決断できることが凄いです。県外から越境して寮生活をしてでもマンガが学びたいという熱意に頭が下がる思いです。みんな、夢を掴もうとする覚悟がありますし、なんでも吸収してやろうというハングリー精神を生徒たちから感じますね。だからこそ、個人個人の成長をしっかりと見極めながら、丁寧に個別指導してき、彼ら彼女らの才能を開花させてあげたいと思っています。

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