連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年5月のベスト国内ミステリ小説

若林踏の一冊:恩田陸『鈍色幻視行』(集英社)

 映像化しようとすると必ず不幸な出来事が起こると言われる小説『夜果つるところ』。その謎を追う作家の蕗谷梢は関係者が集う豪華客船に乗り、彼らに取材を行うことで真実を突き止めようとする。船上という密室で登場人物たちが口を開くたび新たな事実が発覚し、それまで見えていた光景が目まぐるしく変化する。章が切り替わるごとに謎がどんどん増殖し読者を幻惑させる展開は、閉鎖的な空間を舞台にしたサスペンスを得意とする著者の真骨頂というべきだろう。古典探偵小説のファンが喜ぶような、遊び心に溢れた場面も満載だ。

藤田香織の一冊:成田名璃子『いつかみんなGを殺す』(角川春樹事務所)

 都心に建つセレブリティ達に愛される老舗五つ星ホテル「グランド・シーズンズ」の、とある一夜を描く。祖父からホテルを譲り受けた28歳の総支配人・鹿野森優花。目を見張る必殺技を繰り出す謎の清掃員・姫黒マリ。スイートルームで特殊な儀式を行う歌舞伎役者の市川硼酸次。失意のただなかにあるピアニスト手押奏。ディナーショーで訪れた人気歌手クリスタル・ブラウンらが、それぞれの都合と事情、野望と願望を胸にあの「G」と対峙するウヒィー!感満載、愛憎渦巻くザッツ・エンターテインメント。いやもう凄い!怯えながら笑って泣く!

杉江松恋の一冊:恩田陸『鈍色幻視行』(集英社)

 呪われた小説という都市伝説があり、その謎について登場人物たちが語り合うという展開は非常にこの作者らしいものだが、舞台を客船上にしたところが工夫で、旅の物語として楽しい。作者と読者の小説にもなっており、前半は飯合梓という謎の作家に関する興味に惹かれるが、後半は彼女が書いた『夜果つるところ』という小説への関心がそれを上回る。書き手であることとほぼ同じ比重をもって読み手であるという恩田の特質が発揮された作品だ。その作中作『夜果つるところ』は6月に刊行されるので、合わせて読むとたまらない感興がある。

 時代伝奇や一般小説の貌をした作品など、今月は変化球が多かったように思います。その中で直球のミステリーもあり、このジャンルの幅広さを改めて感じた方もいらっしゃったのではないでしょうか。来月はどのような作品が名を連ねますことか。どうぞお楽しみに。

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