連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年4月のベスト国内ミステリ小説

藤田香織の一冊:薬丸岳『最後の祈り』(角川書店)

 刑務所で教誨師をつとめる牧師の保坂は、ある日突然、結婚を控えた妊娠中の娘を殺害される。犯人は間もなく逮捕されたが動機も罪の意識もなく反省した態度を見せることさえなかった。やがて死刑判決が下され、保坂は犯人が収容されている拘置所の教誨師になるべく動き出す。保坂の過去、父親とは名乗れぬまま殺されてしまった娘との関係性。人の心を持たぬ犯人と死刑執行を見届ける刑務官たち。各々の思いと背景が交差し、読みながらとことん気持ちが重くなるだろう。が、その重さがずんと響く。いい。考え続けることを考えさせられる。

若林踏の一冊:月村了衛『香港警察東京分室』(小学館)

 日本と香港、それぞれの警察から集められた十人の刑事達がチームを組んで巨大な事件に立ち向かう。この設定だけでも心に熱いものが滾るのだが、そこに多種多彩なアクションが加わることで本書は徹頭徹尾、躍動感に溢れた活劇小説へと仕上がっているのだ。個性の異なる刑事達が活躍する群像小説としても秀逸で、物語が進むにつれて各々が背負うべき正義への思いが浮かび上がる構成には胸を打たれるものがある。いっぽうで現実の国際情勢を色濃く反映した光景も描かれており、軽快な娯楽活劇でありつつ重厚な読み心地がある点も見逃せない。

杉江松恋の一冊:古処誠二『敵前の森で』(双葉社)

 悪名高きインパール作戦に題材を採った戦争小説である。作者はこのジャンルを意識して書いていないと思われるが、兵補として雇用されたビルマ人少年が脱走するという事態に端を発し、古参兵や見習士官など複数の心理が絡まった謎解きが行われていく展開には、やはりミステリーとしての興趣がある。何が問題なのかが最初は見えず、話が進むにつれて雲が晴れていくように問題の所在が明らかになっていくという展開にも痺れるものがある。戦争下、しかも最前線という極限状態だからこそありえた奇妙な心理が最後には炙り出されるのだ。

 SFから戦争小説まで、またしてもバラバラになりました。なんだか変化球ばかりの月だったようにも思います。技巧は極めれば極めるほど豊穣になっていくもの。ミステリという沃野をがんがん進んでいきますよ。来月もお楽しみに。

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