イヤミスの女王、真梨幸子『4月1日のマイホーム』コロナ禍で身近になった「見えないもの」への恐怖と警鐘

 4月になり、春らしい陽気が続いている。コロナ禍からの脱却が徐々に始まっていてマスクを着用しない人を多く見かけるようになってきた。新学期や新生活などのライフステージの変化により、新たな場所で過ごす方もいるのではないだろうか。
 
 引っ越しによって新居での生活がはじまると、気になるのはご近所問題だ。良い物件を探してお気に入りの部屋になったとしても、マンションでも戸建でも、都心部では特にご近所との接点が生じる。

 真梨幸子の最新作『4月1日のマイホーム』(実業之日本社)は、高級住宅地として知られる東京都S区に完成した分譲住宅地を舞台にした長編小説となっている。

 S区への憧れや戸建が欲しいというそれぞれの思いを抱き引っ越してきたのは、書店員であり漫画家とデリバリー配達員の夫婦。専業主婦と医師。元タレントや娘を名門私立に通わせる顕示欲の強い家族など個性派ばかり。引っ越し早々面倒な近所づきあいに辟易していた中で、皆を巻き込んだトラブルが起きていく……。

 真梨幸子は、イヤミスの女王と言われる小説家である。イヤミスとは、人間の暗部や奥に潜むおぞましいほどの心理的描写を克明に描くことに特徴のある作品のことを言う。

  本作は2016年に刊行され、私立女子校を舞台にダーク過ぎる女の園を描いた「女子校イヤミステリー」として話題となった『6月31日の同窓会』(実業之日本社)に続く「日付シリーズ」の一冊。

  「6月31日」と言う実際に存在しない日付の同窓会と言う奇妙な設定から次々とノンストップで事件が巻き起こる内容は、まさに「イヤミスの女王」と言うべき作品で、こちらも一読をお勧めしたいのだが、本書でもイヤミスファンを決して裏切らない作品となっている、
 
 まず白眉なのは、今回の「分譲住宅地」という設定にある。実際に街を歩いてみてもそこかしこで「●●プロジェクト」と更地の立て看板にこれからそこに建つであろう美麗な新居の
イメージポスターが掲げられているのを見た方もいることだろう。

 明るい未来をどれもが想起させてはいるものの、実際に住んでみるとご近所とのトラブルだったり、周辺環境のミスマッチだったりと、そうとは限らないこともあるものだ。

 真梨自身、これまでに団地や集合住宅の作品は書いてはいるものの、一戸建てを描いたことは初なのだが「不動産サイトをみるのが好き」とリアルサウンドブックでのインタビューでも答えていた通り、その描写には説得力とリアリティが非常にある。
 
 本作では東京都内のS区と言う高級住宅地にあるが、駅からは遠く「S区のチベット」と揶揄されるような、いわば「へき地」。

 それでも念願のマイホームを手に入れようと、購入を検討する家族間での会話にはリアリティがあって、ぐいぐい惹き込まれていくし、その後に発生する「ご近所挨拶」も膝を打つような展開だ。

 ある一家が挨拶品として選んだのは高価なブランド品で、それを受け取ったそれぞれの家族がお返しに悩んだり、相手の職業を推測したり、懐具合を探り合うといった会話劇は、ことあるごとにマウントを取り合いたくなる人間の「おぞましさ」や「いやらしさ」を見事に描いている。

 前半ではそういった家族が引っ越すまでのエピソードやご近所間での話で物語が進んでいくのだが、中盤からは新居なのにも関わらず耐えきれないほどの異臭騒ぎが勃発。徐々にミステリ要素が加わっていく。

 住人たちは土地の因縁など迷信らしきことを疑いはじめるのだが、コロナ禍によって「見えないもの」への恐怖を感じていた身としてはとてもリアリティがある。
 
 真梨はインタビューで「実際に起こり得る恐ろしいシミュレーションとして読んでほしい」と語り、コロナだけではないウイルスや寄生虫にも警鐘を鳴らす。

 ラストシーンはまさかこんな展開になるのかと、本当に恐ろしいものになっているので、ここではあえて割愛するが、コロナ禍で身近になった「見えないもの」への恐怖をベースに、人間の愚かさや滑稽さを盛り込んだイヤミスは、今後実際に起こりうるかもしれない真梨からの「警鐘」として読んでみると、より味わい深い作品となる。

 日付シリーズである前作の『6月31日の同窓会』と同様に、今回も「4月1日」という「日付」が一つのキーワードとなっている。クリスマス、バレンタイン……「幸せ」の日であるかのようで、実際には表裏一体の人間の「強欲」や「おぞましさ」が蠢く日。イヤミスの女王が「4月1日」という「虚実」と「夢」と「マイホーム」を対比しながら「イヤミス」を描いたように、次はどんな日付を選ぶのか、期待せずにはいられない。

真梨幸子『4月1日のマイホーム』のインタビュー全文はこちらから

真梨幸子『4月1日のマイホーム』インタビュー「実際に起こり得る恐ろしいシミュレーションとして読んでほしい」

人間の暗部や奥に潜むおぞましいほどの心理的描写を克明に描くことに特徴のある「イヤミス」作品。その女王といわれる真梨幸子の最新作『…

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