真梨幸子『4月1日のマイホーム』インタビュー「実際に起こり得る恐ろしいシミュレーションとして読んでほしい」

 人間の暗部や奥に潜むおぞましいほどの心理的描写を克明に描くことに特徴のある「イヤミス」作品。その女王といわれる真梨幸子の最新作『4月1日のマイホーム』は、高級住宅地・東京都S区の端にあり「S区のチベット」とも呼ばれる畝目(うねめ)4丁目に完成した分譲住宅地を舞台にした長編だ。

 S区への憧れや戸建が欲しいという思いを抱き引っ越してきたのは、書店員兼エッセイ漫画家とデリバリー配達員の夫婦。専業主婦と医師。さらには元タレントや娘を名門私立に子供を通わせる見栄っ張り家族など個性派が揃う。引っ越し早々面倒な近所づきあいに辟易していた中、ある家で死体が見つかりさらなる厄介事に巻き込まれていく――。

 コロナ禍で身近になった「見えないもの」への恐怖をベースに、人間の愚かさや滑稽さを盛り込んだイヤミスは、いかにして生まれたのか? 真梨幸子に、創作秘話を訊いた。

人間の嫌な部分を書くのが得意

――今作は『6月31日の同窓会』に続く「日付シリーズ」とのことですが、まずどのように物語を組み立てていきましたか?

真梨:まず、分譲地にある建売住宅を舞台にしようと考えました。これまで団地など集合住宅をネタにすることはあったのですが、一戸建てを描いたことがあまりなかったので。私は不動産サイトを見るのが好きなんですが、あるとき、東京都内の某駅から徒歩40分にある戸建の物件を見たことがあったんです。セレブが多く暮らす人気の区とはいえ、近くにバスも通っていないし、ものすごく不便な「へき地」とも言える場所。「こんなところに家を買う人がいるんだ!」と衝撃を受け、いつか書きたいと思っていたんです。そこから「憧れのマイホームが幻だったら……」という発想になって「エイプリルフール」という言葉が浮かび、日付は「4月1日」に決まりました。

――作品の中では挨拶品として高価なブランド品を受け取り、お返しに悩む場面があります。それに夫の職業などから互いの懐具合を探り合うなど、住人たちはことあるごとにマウントを取り合います。

真梨:そのあたりの「人間の嫌な部分」は私の得意とするところなのでぜひ書きたいと思いました。挨拶品のエルメスの付箋は実際、数年前に販売されていたものなんです。1万円以上もする高い付箋なのにあっという間に売り切れたことがずっと気になっていました。世の中にはこういったブランド品でマウントを取ってくる人もいるんだろうな、と。私自身、同じような経験をしたことはないのですが、お中元や結婚祝いの品など周囲の出方を見て、同じくらいの金額の品を贈る人っていますよね。うちは亡くなった母がそういうことを気にするタイプだったので、「あるある」だと思ったんです。

――東京23区内の格差についても触れられていましたね。

真梨:以前、あるテレビ番組で文京区、豊島区、北区の人たちがそれぞれの区について語るシーンがあったんです。豊島区と北区の人たちが「文京区にはかないません」「でも○○区よりはうちが上です」などと言い合っていたのが印象的でした。こういう話、みんな好きですよね(笑)。格差といえば、東京23区と、東京都下や関東近県のほうがもっと大きい気がします。家賃の安さや利便性より住所が大切で、駅から徒歩40分でもいいから東京23区内に住みたいという人が一定数いる。かくいう私も小さい頃は川崎の下町で暮らしていましたので、ずっと東京の市外局番「03」に憧れていました。そして数年前、ようやくゲット。自宅の固定電話なんてもう使わないのに、今でも番号を残しているくらいです。

――前半はそういったマウントの取り合いなどを中心に進んでいきますが、中盤から一転。ある家で死体が見つかり……と一気にミステリー色が濃くなります。分譲地はかつて、往年のスター・未唯紗英子(みいさえいこ)が建てた「未唯紗アパートメント」があったという設定です。

真梨:じつは未唯紗アパートメントにはモデルがあるんです。多くの芸能人や文化人が暮らしていた某アパートメントなんですが、前を通るたびに「ロマンがあるな。でももしかしたら何か事件が起こっていたりして……」などと勝手に想像していました。これもいつか書きたいと思っていたネタだったので、大量殺人事件があったと噂される未唯紗アパートメントという設定を加えました。

――その設定だけで1冊書けそう!

真梨:そうなんですよね。てんこ盛り(笑)。私はメインのおかずがひとつ入ったとんかつ弁当や唐揚げ弁当ではなく、幕の内弁当のようにおかずがたくさん入っている物語のほうが読むのも書くのも好きなんです。飽き性なのでしょうね。

――謎の体調不良を訴える隣人に、「狂犬病?」「土地の因縁?」と住人たちが怯える様子が描かれます。コロナ禍を経験した分、こういった「見えないもの」の恐怖に共感する読者も多いのではないでしょうか。

真梨:未知の新型ウイルスも確かに怖いけれど、昔からあるものにも十分気をつけてと伝えたかったんです。たとえば、性感染症の梅毒は長らく症例数が減少したと思われていたのに、2021年に急増しました。SNSを利用し、気軽に性行為できるようになったことが原因のひとつと言われていますが、マッチングアプリなんてそれ以前からあったし、どうして増えたのか不思議です。もしかしたら「シン・バイドク」みたいな新しい株があるのかしら、と思ってみたり。ウイルスや寄生虫って、すごく賢いですよ。宿主を操ると言いますしね。たとえば、カタツムリに寄生するロイコクロリディウムは、カタツムリの体内で派手な動きをします。その影響でカタツムリは日当たりのいい葉っぱの上など、最終宿主である鳥に見つかりやすい場所へ出る。つまり、カタツムリが鳥に食べられるようにロイコクロリディウムが操るわけです。そんなことを調べているうちに、もしかしたら私たち人間もウイルスとか寄生虫とか、何かに操られているんじゃないかと思い始めました。ワクチン推進派と反ワクチン派など、人間を分断させることが新型コロナウイルスの真の目的だったのかもしれないな……と。

――そうだとしたら怖いですね。そして本作の結末も本当に恐ろしかったです。

真梨:私はデビュー作『孤虫症』で寄生虫をテーマにした小説を書きました。エログロやバイオレンスな部分が注目されがちですが、自分としては寄生虫への注意を呼びかけるつもりだったんです。本作は、その流れを汲む作品ですね。私の小説は、実際に起こり得る恐ろしいことのシミュレーションとして読んでもらえたらいいのかもしれません。そうすれば同じようなことが起こったとき、ある程度は対処できるんじゃないかと思います。

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