【第43回日本SF大賞】大ベテランのSF論『SFする思考 荒巻義雄評論集成』と鬼才の予言的作品集『残月記』が受賞

 一方の小田雅久仁は、『増大派に告ぐ』(新潮社)で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、2009年にデビューしたものの、著作は他に2013年の『本にだって雄と雌があります』(新潮社)があっただけ。この作品で第3回Twitter文学賞国内部門の第1位を獲得し、本好きたちの間で熱烈な支持を受けながら、ゆっくりとしたペースで執筆活動を続けてきた。『残月記』は実に9年ぶりの著作で、発表される豊﨑由美、小谷真理、森下一仁ら読み巧者たちから激賞された。

 「小説推理」に掲載された短い2編と、連載された表題作が収録されていて、いずれも月という人類にとって長く身近にありながら、崇められたり畏れられたりしている不思議な存在をモチーフに取り入れた、奇妙な物語となっている。例えば、「そして月がふりかえる」は、妻を得て子供も2人できてと幸福のただ中にある父親が、家族連れでレストランへと出かけた時、ふと見上げた月が回転しようとしていると感じたことで異変に巻き込まれる。

 そんなことがもしも自分の身におこったらと、恐怖で月を見上げられなくなる作品だが、逆に見れば幸福になれる可能性も示していると言える。人生とは表裏一体でどちらに転ぶか分からない。そんな時でも絶望しないで新たな希望を見いだす大切さを諭してくれている1編だ。

 表題作の「残月記」は、荒巻義雄が生き残るための〈新思考〉を与えてくれるものと言ったSFとしての意味合いを、より強く持った1編だ。停滞にあえぐ状況から生まれた、聞き心地の良い※ことを言って支持を集めたカリスマ的な指導者が、未曾有の災害の中で独裁体制を敷いて誰も逆らえないようになったという国の状況。その上で、月昂という疾病を持った者への迫害が行われ、男は闘技場で戦う「闘士」にされ、女は身を売る「勲婦」にされる理不尽がまかり通ってる実態。あって欲しくない未来の可能性を示している。

 2019年の執筆時でも2021年11月の刊行時でもフィクションに過ぎなかった、為政者の暗殺という事態も"予言"していた。恐るべき炯眼と言えるが、そうだとしたらどれだけ絶望的な状況でも、戦う勇気を持った者が現れることもきっと実現するだろう。闘技場でのバトルシーンでは、『グラップラー刃牙』のようなアクションを楽しめ、闘士から解放された主人公が、思い人のために木彫りの人形を贈り続ける純愛ストーリーも味わえる。SFの可能性を縦横無尽に論じた荒巻義雄と同時受賞するだけの読み応えを持ったSF作品だ。

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