奈良時代、聖武天皇が抱えていた孤独とは? 三宅香帆の『月人壮士』評
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この話の歴史小説としての新しさは、まさに聖武天皇の不安の解釈にある。「自分の体に藤原氏の血が流れていることを苦悩していた」という補助線を引くことで、彼のパーソナリティが明らかになる。聖武天皇を歴史的事実だけで見ると、何度も遷都を繰り返し、正室ではない妾ばかり増やしていた天皇、というところだけに目がいってしまう。しかしそれもまた、彼の生まれによる不安ゆえであったことが、本書を読むとよく分かる。
奈良時代というと、推古天皇や持統天皇など、女性天皇が多かった時代だ。それだけ聞くと女性の地位が高かった良い時代のように感じられる。しかしそれは同時に、女性が天皇になる機会もあるくらい、皇位継承が揺らいでいた時期でもあったということだ。そのなかで、聖武天皇はいったいどのような点に苦労し、そして教科書に載るような人物になっていったのか。なぜ彼は、仏教にあれほど入れ込んでいたのか。そのような問いが、人々の語りによって明らかになる――彼の内側には、仏教に縋るだけの苦悩があったのだ、と。その孤独は読んでいて少し苦しくなるほどで、仏教がむしろ彼の救いになっていればと願わずにはいられない。
ちなみにタイトルは「月の舟を漕ぐ、若々しい美男子」という意味。聖武天皇のことを指しているのだが、そのタイトルの本当の理由が分かるのは、物語を読み進めてからだ。血という呪いに苦労した、ただひとりの男性の人生。その物語は、ただ歴史的事実を眺めているだけでは分からない、時代の渦に巻き込まれた苦悩と孤独を、浮かび上がらせている。