“青年失業家”田中泰延が異色の出版社「ひろのぶと」を立ち上げた経緯「本を書いて食べていける社会にしたい」

 「印税率で出版業界を変えたい」という思いのもと、2020年の春に「ひろのぶと株式会社」という名の出版社が誕生した。立ち上げたのは、電通でコピーライターとして活躍後、“青年失業家”を名乗りコラムなどを執筆。初めての著書『読みたいことを、書けばいい。』がベストセラーとなった田中泰延だ。

  そんな田中の異色の経歴や、業界に風穴を空けるような出版社が誕生したきっかけ。そして、昨年ひろのぶとから発売されて発売前重版がかかった稲田万里の『全部を賭けない恋がはじまれば』と、田所敦嗣の『スローシャッター』2冊の本について話を伺った。(千葉泰江)

青年失業家からベストセラー作家へ


――2冊の本の出版、そして重版おめでとうございます。まずは、田中さんの経歴について教えてください。

田中:僕がフランスの外人部隊にいた時の話からしていいですか?(笑) っていうのは冗談で、電通でコピーライターとして24年ほど会社員勤めをしていました。今でも広告の仕事は大好きなんですけど、ずっと誰かの商品についての宣伝文を考えるっていうのがだんだんしんどくなってきたんですね。そこで、もうちょっと自分の好きなものを書いてみたいなと思って会社を辞めました。でも辞めたからといって特に仕事があるわけじゃないので、1年ほど“青年失業家”と名乗っていましたね。

 なぜ青年失業家かって?  テレビを見ていたら「サイバーエージェント」の藤田晋さんが青年実業家と紹介されていたんですよ。歳が3つしか変わらないので、僕も青年と名乗ってもいいだろうと。それで青年失業家となりました。

――電通時代から映画評のコラムを書いたりしていましたが、その後、ライターとして自身の著書『読みたいことを、書けばいい。』、『会って、話すこと。』をお書きになってベストセラーになりましたね。


田中:コラムは報酬をもらわずに電通時代から書いていました。そうしたらけっこう読者がついて、じゃあ好きなことを好きなように書くのがいいんじゃないかと思ったんです。電通を辞めてフラフラしていた時にダイヤモンド社の今野良介さんから、本を書かないかと連絡がきたんです。そこで『読みたいことを、書けばいい。』を書いてみたら、16万部と意外と売れました。Amazonでは、書籍総合1位になって「俺すごい! ベストセラー作家や!」と思ったらあまりお金が入ってこなかった。

 2冊目の『会って、話すこと。』も4万部ほどで、両方合わせて20万部超ですよ。この2冊を書くのに3年ほどかかったのに、印税が入って所得税を納めてしまうと、年収にしてみたら500万~600万円ほど。それじゃあ、50歳も過ぎたのに普通のサラリーマンと一緒やんって。ベストセラーになってもなかなか食えないんだなって分かったんです。

 それはなぜかって言うと、日本の出版業界だと著者印税が1割なんです。しかもそこから税金が引かれます。1,500円で販売する本を書いても、1冊あたり入るお金は100円以下。だから僕は友人たちから「田中、本買うよ!」って言われても「買わんでいいから、今100円ちょうだい」って言ってました。その方が実入りがいいから(笑)。

 でも、これじゃあいけない。本が売れたら本を書いた人に多少でもお金が入る仕組みがないと、書く人がどんどん減っていってしまう。そうじゃなければ、noteなど課金制のシステムで文章を書いて投げ銭をいただいた方がいいですよね。

紙の本が好きな人から賛同を得て資金調達


――ベストセラー作家となったご自身の実体験が、新しい出版社を立ち上げる試みのきっかけになったのですね。

田中:コロナ禍の3年で書店の数も3割減ったと言われていますが、それでも新刊っていうのは毎日200点近く出版されているんですよ。新宿の紀伊國屋書店に行くと、それがひと目で分かります。今日の新刊、昨日の新刊ってうず高く積み上げられているから。それが全部売れるわけないっていうのは誰でも分かることですよね。その中で、重版される本なんて1割ほどです。

 ただ僕は紙の本が好きで、ずっと紙の本で育ってきました。これからは電子の時代だと言われてもう何年も経つわりには読まれていないですよね。僕の『読みたいことを、書けばいい。』も紙の本が16万部で、電子書籍となるとその1/5も売上がないんです。その実績を見ても、紙の本が好きな人は書籍を買うんだって実感していました。

 そんな自分の経験から、本を書いて食べられる人がいる社会にしたいと思ったのが最初の志です。でも、本を売るっていうのはすごく危ないビジネスでもあります。1冊目の『全部を賭けない恋がはじまれば』は、発売前重版になって5000部刷っているんです。これは、日本中の本屋さんで平積みになるような量です。それがすべて売れても会社にお金が入ってくるのは、発売してから8カ月後です。さらに書店で余った本が返品され戻ってきたら卸値よりも高い値段で買い取らなければいけない。それじゃあ、会社は潰れます。

――糸井重里さんなど、田中さんの思いに賛同した出資者とクラウドファンディングで会社立ち上げの資金を募集したのも新しい試みでした。

田中:いろいろな事業や投資をされている方に会いに行って、初版印税2割、そしてさらに売れたら最大印税5割まで引き上げる「累進印税制度」を導入した会社をつくりたいと伝えて回り、最初に1億4000万円も集まったんです。そのくらい集まれば商売はできると、会社を登記しました。

 でも、それでは会社にお金があるだけです。さらに「紙の本が好き」という理念に賛同してくれる人、コアなファンになってくれる人がいないかということで株式投資型クラウドファンディングを行ったところ、4000万円の枠が27分で売り切れてしまいました。こういう会社を望んでくれる人たちがこんなにいるんだと分かり、当社の資本金及び資本準備金は1億8000万になりました。やりたいことがはっきりしていれば、何とかなるのだと思っています。

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