人気ホラー『夜行堂奇譚』千街晶之が書評。読者をぐいぐい引きこむミステリアス情報の妙技と作風の幅広さ
ホラー小説界にはさまざまな人気シリーズが存在するけれども、「読書メーター」で読みたい本ランキング1位(単行本部門2月18日〜2月24日)に選ばれ、これから更に知名度を高めていきそうなのが嗣人の『夜行堂奇譚』だ。
もともとはある怪談サイトに連載され、後にnoteに発表されるようになった小説だが、2022年2月に1巻目が、同10月に2巻目が紙の本および電子書籍として産業編集センターから刊行されることになった……という流れである。
紙の本で手に取った場合、まず目を引くのは、本としての分厚さだろう(特に2巻目)。シリーズの1篇1篇はさほど長くはないのだが、1冊に10以上のエピソードが収録されているためこの厚さになっているのである。見るからに読み応えがありそうだ。
舞台となるのは、どことも知れぬ地方都市とその周辺。黄檗山や近衛湖など、出てくる地名は京都っぽいけれども、県と記されているのだから少なくとも京都ではあり得ない。この時点でかなりミステリアスな設定である。
主人公と言えそうなポジションにいるのは、交通事故がきっかけで「見鬼」となった青年・桜千早。彼は事故で右腕を失ったものの、ないはずのその腕で霊や鬼に触れられるようになったのだ。彼は帯刀老という師匠のもとで修行するも、色々あって破門され、住処だけはあるが職も金もない状態で、夜行堂という骨董店に辿りつく。そこは人間と物の縁をつなぐ奇妙な店であり(店自体、何らかの縁がなければ辿りつけない)、店主は妖艶な美女の姿をしているが、明らかに人間ではない。千早はその店主の下で使い走りとなる。
この千早の相棒になるのが、県庁生活安全課「特別対策室」の大野木龍臣である。もともとオカルト的なものを一切信じていなかった彼は、県内で起こる霊的なトラブルを解決する秘密部署「特別対策室」に強引に配属され(肩書は室長だが彼以外には誰もいない)、夜行堂店主や千早と知り合う。大野木は彼らに除霊などを依頼する立場だが、彼自身もしばしば霊的なトラブルに巻き込まれてしまう。公務員らしく丁寧な喋り方だが、意外と腕っぷしが強い。
こうした登場人物を中心に、さまざまなオカルト的事件が描かれるのだが、このシリーズの顕著な特色は、情報を小出しにすることで、作品空間の全体像をすぐには読者に掴ませないようにしている点である。
例えば、千早の元師匠・帯刀、姉弟子の柊、帯刀に仕える葛葉、帯刀と何らかの因縁があるらしい木山といったキャラクターは複数のエピソードに登場しているけれども、彼らの出番は必ずしも時系列通りにはなっていないし、千早と知り合った頃にはもう老人だった帯刀の若い頃が描かれるエピソードもあったりする。従って、登場人物同士の関係は、ある程度シリーズを読み進めなければ把握が難しい。そうしたミステリアスな情報の出し方が、読者にシリーズの先を知りたいと思わせる牽引力となっているのだ。
また、作中で描かれる怪異も極めてヴァラエティに富んでいる。しんみりした気分になるエピソードもあれば、救いのないエピソードもある。後者の代表例が1巻所収の「穢向」で、起こる惨劇のスプラッター度といい、登場する人々の胸糞が悪くなるような性悪ぶりといい、強烈無類の印象を読者の胸に刻みつける。また、同じく1巻所収の「忌檻」のような、夜行堂に害意を抱いて訪れた悪人の視点で展開する話もある。こうしたエピソードごとの雰囲気の違いや視点人物の違いが用意されているため、読んでいて飽きさせないのである。こうした作風の幅広さは作家としての強みだろう。
シリーズであることの強みを最大限に活かした『夜行堂奇譚』が、今後どのように展開してゆくのか、一度目を通せば必ず気になるに違いない。