退職自衛官が日本を守る? 水道代は1400円増? ベストセラー『未来の年表』最新刊が予測する瀬戸際の日本

 水道料金が月1400円も上がる、60代の自衛官が80代を守る、30代が減って新築が売れなくなる....。人口減少と少子高齢化が進んだ日本の未来をそう予測しているのが、『未来の年表 業界大変化 瀬戸際の日本で起きること』(河合雅司著、講談社現代新書)だ。それらのショッキングな文言は表紙に記されていて、書店で目に止まった読者もいるかもしれない。

 同書はジャーナリストの著者が、日本の未来を人口減少の観点から予測し、その対処方法を論じるベストセラー『未来の年表』シリーズの最新刊である。今回は特にビジネス分野にフォーカスし、物流、インフラ、鉄道、公務員、金融などの各業界ごとに分析した。

 凡百の未来予測は、テクノロジーへの過度な期待ゆえに楽観的にすぎるか、もしくは人々の不安を煽るばかりの絶望的な内容になる傾向がある。しかし、本書はそのどちらでもない。悲観的な予測ばかりではあるものの、その裏には論文や資料の徹底した読み込みと事細かなデータ収集、それを踏まえての冷徹な分析がある。

 たとえば、誰にとっても身近な生活インフラ「水道」。人口減少で商圏人口が縮むことで、1日あたりの使用量は著しく減少するという。具体的には、使用量がピークだった2000年と比較すると、2065年には4割も減少するという予測が紹介されている。水道事業は水道料金で運営する独立採算制であるため、使用量が落ち込むと事業が厳しくなってしまう。それゆえに水道料金は跳ね上がり、ある予測では2043年には水道料金は月1400円も上がるとまで言われているのだ。

 他の分野においては、たとえば体力のある若い世代の自衛官が減少する。そこで戦時など危機の状況となれば、退職自衛官が国防の前線に立つということもありえる。また、住宅を購入する若い世代の数が減り、そこに晩婚化やシェアリング・エコノミーの普及など価値観の変化も相まって、新築は買われなくなってしまう。

 とはいえ上記は、本書の未来予測のごく一部にすぎない。他にも製造業界、自動車業界、金融業界、農業と食品メーカー、医療業界など、ありとあらゆる業界の悲観的な予測が語られているのだ。今後の日本は人口減少のためにマーケット縮小と人手不足が進み、さらには消費をあまりしない高齢者が増えることによって、消費量が落ち込む。そんな「ダブルの縮小」に見舞われると危惧されている。

 では、一体、どうしたらいいのだろうか。本書の後半では「未来のトリセツ」として、10の対処方法が示されている。

 著者の一貫した主張は「戦略的に縮むべき」だということ。各分野が成長分野を定め、集中的に投資や人材投資を行うべきなのだという。

 たとえば「量的拡大モデルと決別する」こと。人口が増える時代には売り上げを伸ばすことが利益の拡大を意味していたが、今はパイの奪い合いをしていても誰も勝者になれない。残す事業とやめる事業を仕分けし、残す事業に人材や資本を集中させて、組織としての持続力や競争力を向上させるべきだという。

 会社員など雇われる側からの観点でいえば、1人あたりの労働生産性を向上させることが必要だという。勤労世代が減るとはいえ、1人の人間が1日に働ける時間は限られている。そこで文化人類学者のデヴィッド・グレーバーがいう「ブルシット・ジョブ」(クソどうでもいい仕事)をやめて、無駄のない効率的な仕事をするべきだと提言する。これまでは年功序列や終身雇用などの旧弊な制度のせいで「スキル不足」の社員も多かった。しかしこれからは、一人ひとりがスキルを持って向上させることが大事なのだという。

 本書を通読すると、各業界の事細かな状況を資料やデータから徹底的に調べ上げていることに圧倒される。それぞれの業界で一冊の本が書けるのではないかと思われるほどだ。それでいてありとあらゆる業界が羅列されるため、自分がこれまで関心のなかった分野の状況を読むと新たな知見になるだろう。

 逆から言うと、読者は必ずしも全部を通読する必要はないかもしれない。自分の関心のある業界の予測をピックアップして吟味し、後半の対処法からそれぞれの行く先々を冷静に考える。そんな自由な読み方もひとつだろう。

 著者は「おわりに」で人口減少対策は、「夏休みの宿題」のようなものだと喩えた。いつかやらないといけないと知っていても、ついつい後回しにしてしまうからだ。

 学校の夏休みの宿題はうまくできなくとも、大事にはいたらないかもしれない。しかし、本書で取り上げられた宿題は、日本の行く末という重大な問題だ。読者にできることは、まずは未来の現実を直視し、その条件の中で自分には一体何ができるのかを考えることだ。その上で本書は、希望ある未来へと誘導してくれる確かな水先案内となる。もうすでに業界不振など数多の困難に直面している人々にとっても、強く励まされる本であるだろう。

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