連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2022年11月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。さて今回選ばれた作品は。
酒井貞道の一冊:黒川博行『連鎖』(中央公論新社)
社会不適合気味のバツイチ男。映画オタクの太った独身男。いずれも三十代後半の刑事二人組が、関西弁で益体もないことを喋り、公私混同めいた寄り道もしながら、緩い雰囲気で捜査をする。その一方、事件内容は徐々に闇を深くしていく。京阪神に限らず関西各地に足を延ばす捜査は、よく考えると緻密かつ基本に忠実で、つまり本質的には退屈なはずだ。ところが刑事二人の緩い雰囲気によって、捜査の一々が逆に楽しい。この悠然たる筋運びたるや! 事件関係者の一部の本音が最後まで曖昧なままなのも、本作品には相応しい余白となる。
若林踏の一冊:米澤穂信『栞と嘘の季節』(集英社)
高校の図書委員である堀川次郎と松倉試門が主役を務める『本と鍵の季節』の続編だ。前作は様々なミステリの趣向に挑んだ連作短編集だったが、本作はトリカブトの花の栞を巡る謎を主人公コンビが追う長編である。校内を歩き回って証言を集めながら一歩ずつ真相に近づいていくという捜査小説の形式を使って書かれており、事実を積み重ねて謎を解いていくタイプのミステリが好きな方には堪らないだろう。堀川と松倉の掛け合いがもたらす軽妙な雰囲気のなかに、青春のほろ苦さを感じさせる風景を織り交ぜて描いている点も魅力的だ。
千街晶之の一冊:西式豊『そして、よみがえる世界。』(早川書房)
事故で首から下が不随になった脳神経外科医の牧野は、最先端の脳内インプラントでアバターやロボットを直接操作することで高度な手術が可能になっていた。だが、ある少女の手術を成功させた後、何故か不可解な出来事が……。医療や仮想空間のテクノロジーが極度に発達した近未来を舞台に、謎また謎のスリリングな展開から驚愕の真実を浮かび上がらせるSFミステリ。新たな事実を次々と明かしながら、序盤から張ってあった伏線を鮮やかに回収してゆく後半の展開は出色だし、少女の手術にこめられた関係者一同の思いの痛切さも印象に残る。
野村ななみの一冊:米澤穂信『栞と嘘の季節』(集英社)
高校で図書委員を務める堀川と松倉の、日常の謎を描いた連作短篇『本と鍵の季節』。その続篇である。長篇となる本作の探偵役は、堀川松倉コンビに同級生の女子生徒・瀬野を加えた3人。致死性の毒を持つトリカブトの栞をめぐる事件に、三者三様の思惑を秘めた彼らが挑む。
堀川と松倉の皮肉を交えた会話と、付かず離れずの距離感は今作も健在。しかし米澤穂信が描く青春ミステリ、油断はできない。猛毒の栞は、青春の苦みにしては重たすぎるからだ。謎解きを終えた3人は、次に自分自身の「物語」に向き合うだろう。その姿に想いを馳せる。