価格約4万円! 超高額な鉄道本が売れ行き好調 小学館の仕掛け人に聞く、出版不況時代での売れる本づくりとは?
小学館から刊行された『日本鉄道大地図館』が好調な売れ行きだ。地図研究の第一人者である今尾恵介が監修したA3判上製の豪華本で、価格はというと、税込4万円近い超高価な本である。小学館はこの数年でも『運慶大全』『名刀大全』など、出版不況と言われる中で豪華本を出し続けている。いずれの本も、書籍ならではの所有欲を満たす装丁と美しい写真、そして最新の研究成果を盛り込んだ内容が目白押しだ。
■“本の良さ”が凝縮された本は売れる
今回、熱心な鉄道ファンであり、『日本鉄道大地図館』を企画した小学館の編集者・三浦一夫に、成功の要因をうかがった。
「“本の良さ”が凝縮された本は売れると思っています。例えば、この本は見開き単位で約110点、小さいものまで含めると約150点の地図が収録されています。しかも、明治時代から現代まで、滅多にお目にかかれないものばかり。おそらく大半の読者が初めて見るであろう、貴重な資料ばかりを揃えることができました」
本書のページをめくれば、日本の鉄道の歴史を俯瞰できる構成となっている。明治半ば、電車が登場する前の首都の交通路を描いた地図『東京全図』。大正から昭和にかけて大ブームを巻き起こした、吉田初三郎が描いた鳥瞰図。第二次世界大戦中、戦時下ゆえに不要不急な駅が廃止されたことがわかる『東京急行電鉄沿線案内図』。高度経済成長期、北海道の隅々まで鉄道が張り巡らされていた全盛期の地図『全国旅行案内図』などなどだ。
ところで、鉄道ファンといえば、鉄道の興味の対象によって細分化される。鉄道に乗る“乗り鉄”、写真を撮る“撮り鉄”はメジャーだが、ほかにも駅の発車メロディーや走行音を録音する“録り鉄”、時刻表を研究したり誌上旅行を楽しむ“時刻表鉄”なども存在する。では、地図を愛する“地図鉄”は、どうだろう。どちらかといえば、鉄道ファンの中でもさらに少ないイメージを受ける。
そうした限られた趣味の本を出版するのは、攻めの姿勢を崩さない小学館といえども冒険ではないだろうか。ましてや、価格は約4万円である。例えば、鉄道写真の本ならば各社から多数出版されており、前例がある方がマーケティングもしやすい。唯一無二の本の出版が決まったポイントはどこにあるのだろう。三浦は、「地図を収録するというアイディアが良かった」と話す。
「地図はまず、集めるのが大変ですからね(笑)。そしてコレクションするとなれば、サイズがばらばらで嵩張りますし、古いものだと紙が劣化してぼろぼろになっているものも少なくない。広げるだけでも気を遣うので、せっかくコレクションを持っていても、おいそれと見ることができないんですよ。でも、こうした本ならいつでも気軽に眺められるでしょう? 結果として豪華本になったけれども、4万円なら決して高くないと思っています」
地図が好評ならば、歴代の鉄道をPRするポスターを収録した本はどうだろうか。
「鉄道のポスターを集めた本も、実は企画したことがあるんですよ(笑)。ただ、ポスターを集めて並べただけでは売れないでしょうね。というのも、ポスター好きの人にとってはポスターの大きさが大事なんですよ。原寸大で見たい想いがあるんじゃないかな。地図はそういう意味で、本にすれば見やすいし、相性もよい資料だったといえます。いくつかの大型書店では見本を置いてもらっていますが、見本を見て購入を申し込む人も増えていると聞いています」
■熱心な愛好家が一定数いる分野であれば、本を作る意味がある
前述のように、三浦は無類の鉄道ファンであると同時に編集者の視点で、ファンの心を捉える魅力的な本を作ることができた。
週刊誌や漫画雑誌、ビジネス書のように、スピード感をもって作る本も出版社にとって重要であろう。いわば、豪華本はその対極に位置する存在だ。それゆえに、ファンのニーズをくみ取り、丁寧に時間をかけてまとめ上げる、職人技のような編集が求められるということだろう。
「『刀剣大全』もそうですが、熱心な愛好家が一定数いる分野であれば、本を作る意味はあると思う。その場合は、丁寧に時間をかけて作ることが大事。愛好家の心を掴む内容に仕上げれば、高価であっても需要があると考えています」
本書は鉄道150周年というタイミングもあり、書店やメディアにも大きく取り上げられた。本であることを最大限に生かせる内容を考え、ニーズに合わせた丁寧な編集を行い、そして絶好のタイミングに合わせてしっかりと宣伝を打ったことが、『日本鉄道大地図館』がヒットした要因であろう。
三浦は「次の豪華本の企画も考えている最中」と話す。思い描いている次の本は、どのような内容になるのだろうか。
「まだ企画段階なのでお話しできませんが、すでにお話ししたように、本ならではのメリットを生かせる企画が大事だと思います。そうした企画を、では、どう仕上げていくのか。資料集めやレイアウトから、原稿の取りまとめまで丹念に行い、納得のいく本を作ったらそれを読者に届ける努力をする。それが編集者の腕の見せ所だと思います」