甲子園に響いた応援曲「市船soul」が持つ、深くて熱いドラマ “吹奏楽小説”の豊かさを考察

 同じ高校の吹奏楽部を描いた小説でも、赤澤竜也の小説『吹部!』(角川文庫)はキャラクター設定も展開もやや誇張気味。新しく吹奏楽部の顧問に就任した三田村昭典の指導によって、弱小だった吹奏楽部が全日本を目指すまでになる、という点は『響け!ユーフォニアム』と共通している。ただ、部員が足りず楽器経験のある生徒なら学年を問わず声をかけ、軽音学部でドラムを叩いていた生徒にパーカッションを任せ、中学までピアノやバイオリンを触っていた野球部員がケガをして引退したからといって誘い、オーボエとして起用するといった具合に、可能なのかといった印象が浮かぶ。

 それでも、すべてにポジティブで自信のない生徒であっても褒めておだてて楽器を手に取らせる三田村のキャラクターがユニークで、その指導を受けたくなってしまう。難病を負った部員のために他の部員が奮起する部分は、『20歳のソウル』でも実際に起こったこと。あり得ないと眉をひそめるのではなく、過剰な描写だからこそ感じられるパッションがあると受け止め、部活動にも人生にもポジティブに向き合おうと思えてくる小説だ。

 もう1冊、8月26日に映画が公開となる『異動辞令は音楽隊!』は、高校ではなく警察の中にある吹奏楽の音楽隊が登場する作品。その監督で原案・脚本も手掛けた内田英治による小説版『異動辞令は音楽隊!』(講談社文庫)には、刑事ひと筋で来た男が異動で音楽隊に入れられ、奮闘する中で音楽の持つ価値に気付いていくストーリーが紡がれている。

 成瀬司は犯罪者を逮捕するためには、怪しい奴の部屋に令状なしで乗り込み揺さぶりをかけるような刑事だったが、コンプライアンス重視の風潮の中で居場所を失い、音楽隊へと送られドラムを任される。音楽隊など警察官の仕事ではないと憤り、同僚たちとケンカする成瀬から、自分の価値観に凝り固まった人間のみっともなさが浮かぶ。

 そこに起こった音楽隊の廃止計画。そして成瀬が刑事だった頃から追っていた連続強盗事件の急展開。揉まれるような状況の中で音楽に打ち込む意義を成瀬が感じ取り、変わっていくことで行き詰まっていた雰囲気が打破される痛快さを味わえる。大人にも楽器を始めてみたいと思わせてくれる小説だ。

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