立花もも 今月のおすすめ新刊小説 気鋭作家のミステリから恋愛までアツい作品を厳選
昨今発売された新刊小説の中から、ライターの立花ももがおすすめの作品を紹介する本企画。話題沸騰のミステリの気鋭作家、結城真一郎の短編集から重厚な小説、恋愛まで、この夏読みたいアツい作品を集めています。(編集部)
『#真相をお話しします』 結城真一郎
星新一のショートショートを原作とした『星新一の不思議な不思議な短編ドラマ』をはじめ、最近、15分程度の枠で、さくっと観られるドラマが増えてきた。日々の疲れが蓄積すると、連続ドラマのテンションは高すぎて、情報量も多すぎて、なかなか観る気になれないこともある。そんなとき、たった15分で完結してくれるドラマは、ホッと一息つくのにちょうどいいのかもしれない。ただし、その15分、現実を忘れさせてくれる吸引力のある作品であれば、だけれども。
『#真相をお話しします』はまさに、そんなドラマのような短編が収録された一作。一話目「惨者面談」の主人公は、家庭教師の仲介営業として、教育パパ・ママ相手にしのぎを削る大学生。うまくいけば月に二十万は稼げるうえ、社会経験にもつながる。アルバイトとしては申し分ないが、自己申告以外は誰も素性を知らない家庭を何百軒も訪れていれば、なかには様子のおかしい家庭もあるわけで……。インターホンの対応からして違和感だらけの矢野家を訪れた大学3年生の片桐。異様な緊張感を放つ母親と小学6年生の息子、その理由とは?
二話目「ヤリモク」の主人公は、娘がパパ活しているかもしれないと疑いながら、自身もマッチングアプリで出会った若い女性とデートを重ねる妻子持ちの男。女性の自宅にいざなわれた彼を待ち受けていた運命とは?
ほかにも、SNS上の精子提供、気のしれた友人たちとのリモート飲み会、さびれた島でYou tuberをめざす小学生……本書に収録されているのは、どこにでもありそうな、私たちの日常にもするっとまぎれこんできそうな設定を駆使して、「きっとこうなるんだろう」と読者が想像する裏をかき続ける短編ばかり。「なるほど、そういうことか~」とわかったようなつもりになった瞬間、次の裏切りが待っていることの連続だ。必ずしも読後感がいいとはいえないが、その余韻もまた醍醐味である。
『スパイコードW』福田和代
いやいや、やっぱりガッツリと重厚な小説が読みたいよ、と言う人におすすめなのが本作。表紙はライトなキャラクター文芸調のイラストだが、読み始めてみれば台中関係を軸にしたゴリゴリのスパイ小説である。
太平洋戦争就活後、GHQが日本で摂取した資金をもとにつくられたというM資金。徳川埋蔵金同様、まことしやかに語り継がれ、詐欺に使われることもある架空の秘密資金とともに、まことしやかに口にされるのが、日本軍最後の工作機関「特務機関Ω」だ。
当時の吉田茂首相が側近に命じてひそかに設立されたという、この日陰の存在こそが物語のカギ。新しく、強力な指導者を立てた中学が、長年の野望だった台湾進攻に乗り出そうという情勢のなか、武力ではなく知恵で戦争を回避しようと工作員たちが世界各地で行動を開始する――。
突然、現金を送られ、人口島の巨大カジノに招かれた台湾のインフルエンサー。絶対に中国に足を踏み入れてはいけないと言われていたのに、偽造パスポートで入国することになった記者。彼らはいったい、何に巻き込まれているのか? Ωが隠し持つ切り札とは? 各地で進行するミッションの躍動感あふれる展開はさることながら、パンデミックによって欧米の影響力が低下した、ロシアのウクライナ侵攻が起きたあとの世界という、リアリティにあふれた設定にも引き込まれてしまう。まったく、今の私たちに無関係な世界ではない。じゅうぶんにありうる未来が舞台なのである。
〈今の世の中、僕らはどんな生き方でも選ぶことができる。自分の周囲だけ守るのも、ひとつの道だろう。だが、この不安定な世界を支える錘(おもり)になって、ほんの少しでも世界に安寧をもたらしたくないか〉というある人物のセリフも、刺さる。