【巨匠が愛したグルメ】『釣りキチ三平』矢口高雄「弥助そばや」の冷がけそば(秋田・羽後町)
近年、一時代を築いた漫画界の巨匠が相次いで亡くなっている。令和2年(2020)に亡くなった矢口高雄も、日本の漫画史を語るうえで欠かせない巨匠だ。釣り漫画、そして自然漫画の第一人者であり、故郷である秋田県の魅力を広めた漫画家としても知られる。ツイッターではしばし、矢口の卓越した画力で描かれる美しい自然画が話題になる。また、イラストレーターのIxyのように、矢口が描く人体の描写から影響を受けたと公言する作家も少なくない。
漫画家デビュー前は銀行員だった矢口高雄
さて、矢口高雄は秋田県横手市増田町の出身だが、漫画家としてデビューする前は羽後銀行(現:北都銀行)に約12年間勤務していた。高校を卒業後、初めて配属されたのが羽後町(うごまち)にある西馬音内(にしもない)支店であり、ここで銀行員としての第一歩を踏み出した。
西馬音内は伝統芸能「西馬音内盆踊り」で知られ、町の商業の中心地である。そして、町内には今なお、矢口と縁の深い名所が残っている。なかでも、矢口が銀行員時代に何度も通った店が「弥助そばや」だ。自伝的漫画『9で割れ!! ―昭和銀行田園支店』でも描かれた同店は、文政元年(1818)の創業以来、200年を超える歴史をもつ老舗である。
小ぢんまりとした店内を見渡すと、矢口から送られたハガキが貼られている。6代目主人の金昇一郎さんは「矢口先生は、当店の年越しそばを毎年楽しみにしていたんですよ」と話す。晩年まで親交は続き、ハガキにはそばを送ってくれたことに感謝する矢口のメッセージが添えられている。筆者も取材をしたことがあるが、取材後に丁寧なお礼状を送ってくださり、感激した記憶がある。矢口高雄は気遣いを常に忘れない漫画家だった。