自動運転にテレポート……ラクして移動できる社会の危機を描く、「ハヤカワSFコンテスト」入選の2作を解説

 コロナ禍でテレワークやオンライン会議が増え、移動しない便利さに気づいた人も少なくないだろう。コロナが収まって自由に移動できるようになった時、実際に動いてどこかに行ったり、誰かに会ったりできる素晴らしさを思い出す一方で、時間がかかるとか運転が面倒といった煩わしさも同時に感じそう。そんな矛盾を解消し、移動がとてつもなくラクになった世界で何が起こるかを先取りして見せてくれるのが、第9回ハヤカワSFコンテストで入選した2人の新人による2冊のSF小説だ。

 誰にでもテレポートが使えるようになったら、朝は仕事場や学校に行くギリギリまで家で寝ていられるし、南極やエベレストの頂上だって行けるようになる。それだけではない。自動車も鉄道も飛行機も、ありとあらゆる乗り物が不要になるし、道路だって通路だっていらなくなってしまう。高層マンションの最上階でもテレポートで移動できるからエレベーターだって必要なくなる。

 第9回ハヤカワSFコンテストで大賞となった人間六度の『スター・シェイカー』(早川書房)はそんな、テレポータリゼーションが発達した社会が舞台。人間にもともとあったテレポートする能力が誰にでも使えるようになったことで、世界の様子はガラリと変わった。例えば東京から人がいなくなった。人がいて市場があるから企業が集まり、そこで働く人も集まってきてさらに人が増えていたのが、通勤時間が不要ということで人が分散した。

 オフィスだって1つの建物に固める必要がなくなった。部署ごとに部屋が別れていても、そして間に通路がなくてもテレポートで移動すれば済むからだ。夢のような世界。もっとも、その便利さだけを綴っていては物語にならない。『スター・シェイカー』にはテレポートがもたらす危険性も描かれている。移動した先に何かがあれば、融合してしまうのではなく吹き飛ばしてしまうのだ。

 人間だって爆散する。そうした事故が多発して、厳密な交通整理が行われるようになって30年が経ち、誰もが安心してテレポートできるようになっていたにも関わらず、赤川勇虎という男はなぜか事故を起こして妊婦を吹き飛ばしてしまう。トラウマで跳べなくなった勇虎は、自分の部屋から出るだけでも誰かの力を借りなくてはならなくなった。健常者に合わせた社会が、体の不自由な人には不便なことを感じさせてくれるエピソードだ。

 その勇虎が、誰も立ち寄らず廃墟となっていた渋谷で、テレポートを異端視する勢力の“姫”だというナクサという少女を救ったことで、テレポート社会の是非を問う巨大な謀略に巻き込まれていく。テレポートできない人々のコミュニティーが、移動の手段としての自動車を偏愛し、ロードピープルと名乗って荒れたハイウェイを進む様子は、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を観ているようにワイルドだ。

 途中、ナクサを取り戻そうと敵勢力が送り込んでくる刺客たちと、テレポートを応用したバトルを繰り広げるところは、ライトノベルや漫画の異能バトルを読む楽しさがある。そして、テレポータリゼーションが宇宙存続の危機をもたらすと明かされるところは、“誰でもテレポート”というアイデアが持つ可能性をとことんまで広げて、何が起こるかを見せるSFの極味に溢れている。

 これだけの作品をものにして、大賞まで受賞しておきながら人間六度は第28回電撃小説大賞でメディアワークス文庫賞も獲得してのけた。その受賞作『きみは雪を観ることができない』(KADOKAWA)は2月25日発売。こちらではどのようなビジョンを見せてくれるだろうか。

関連記事