漫画『大奥』もあればアニメ『ゴジラS.P』もある 第42回日本SF大賞候補作を大紹介
優れたSF作品を選ぶ第42回日本SF大賞が2月中に決定する。16年にわたって連載されたよしながふみ作の漫画『大奥』(白泉社)や、芥川賞作家の高山羽根子による長編『暗闇にレンズ』(東京創元社)など話題性のある作品が候補に並ぶ。芥川賞作家の円城塔が脚本を手がけたテレビアニメ『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』もノミネート。バラエティ豊かラインアップから栄冠に輝くのはどの作品か?
第42回日本SF大賞候補作(50音順)
『大奥』よしながふみ(白泉社)
『暗闇にレンズ』高山羽根子(東京創元社)
『ゴジラS.P<シンギュラポイント>』TVアニメ(東宝)
『七十四秒の旋律と孤独』久永実木彦(東京創元社)
『ポストコロナのSF』日本SF作家クラブ編(早川書房)
『まぜるな危険』高野史緒(早川書房)
日本SF大賞は過去に、幾つもの漫画作品が受賞している。最初が、1月に刊行が始まった大友克洋全集「OTOMO THE COMPLETE WORKS」の第1回配本作品『童夢』(第4回日本SF大賞)で、その後も萩尾望都『バルバラ異界』(第27回)、 白井弓子『WOMBS(ウームズ)』(第37回)が受賞。『大奥』が続けば5年ぶりの漫画作品となる。
『大奥』ってSFなの? という反応もありそうだが、架空の設定の上で起こる社会の変容を描くのはSFの常道。『大奥』も、「江戸幕府の将軍が女性だったら」といった仮定に対して、大奥が美女ではなくイケメン揃いになるといった変化を見せてくれる。その上で、男女逆転が起こっても社会の秩序は保たれ、江戸幕府が続いていく様子から、性別による能力の違いなどないのだということを感じさせる。
そんな江戸時代が続いたら、その後の日本はどうなってしまうのだろうといったワクワク感がクライマックスに向けて膨らんでいく。作品が出した答えがそうした興味にそぐわないものだったとしても、『大奥』に描かれた架空を現実にしたいと思う人が増えていくことで未来は変わる。想像力で現実を動かすSFの効能に溢れた作品と言えそうだ。
「首里の馬」で第163回芥川賞を受賞した高山羽根子だが、デビューは第1回創元SF短編賞の佳作となった「うどん キツネつきの」。この作品を含んだ短編集が第36回日本SF大賞にノミネートされるなど、SF作家として支持を集め続けている。現実と変わらない日常に見えて、ちょっとだけ奇妙な現象が起こる世界を描いて、不思議な気分にさせてくれる作風は、今回の候補作『暗闇にレンズ』(東京創元社)でも健在だ。
映像に関心を抱いた女性たちが、イギリスやアメリカで学んだり、世界を回ってドキュメンタリーを撮影したりする姿を、朝ドラのヒロインたちのように描いてはいるが、合間に映像を使って攻撃する兵器が登場して、現実との違いめいたものを感じさせる。女性たちの年代記をSaid Bとして、2人の少女がはやりの配信者となって起こす騒動がSide Aとして描かれていった先、重なり合う展開から映像というものが持つ強さや怖さを感じさせる。
久永実木彦も高山羽根子と同じ創元SF短編賞の出身者。第8回の受賞作を表題作とした連作集『七十四秒の旋律と孤独』(東京創元社)という初の単著でのノミネートも、高山羽根子と重なるが、内容は宇宙でありAIといったド直球のSF。宇宙船が空間跳躍する際に人間は74秒間だけ止まってしまうが、マ・フと呼ばれる人工知性だけが動けるという設定の上で起こりえる出来事を示し、任務に忠実であるはずの人工知性が漂わせる感情のようなものを感じさせる。
短編として優れている上にマ・フのその後を綴っていく連作の上で、一種のポストヒューマンとしてマ・フを据え、傍若無人な人間に代わってマ・フが進化し、到達する神の境地を見せて人間の愚かさを描いていく。最後の「巡礼の終わりに」を経て、マ・フからバトンを戻された人間が何をするのかは、そのまま現実の人間が今すべきことと重なるだろう。
『カラマーゾフの妹』で第58回江戸川乱歩賞を受賞した高野史緒だが、それより以前、日本ファンタジーノベル大賞に応募した『ムジカ・マキーナ』でデビューし、欧州を舞台にした歴史改変SFを幾つも出して、SF作家として知られていた。『まぜるな危険』(早川書房)では、ロシア絡みの作品を他の作品とリミックス。「アントンと清姫」では蛇となった清姫が梵鐘の中に逃げ込んだ安珍を焼き殺す「安珍と清姫」を、ロシア人スパイと日本女性との悲恋に置き換えた。
『ダークグリーン』で知られる漫画家、佐々木淳子の「リディアのすむ時に…」をチェーホフの『桜の園』とリミックスした「桜の園のリディア」や、伊藤計劃の遺稿を円城塔が書き継いだ『屍者の帝国』の世界観を使い、ロシアのSF作品やSF映画『2001年宇宙の旅』などを混ぜ込んでごった煮にした「小ネズミと道程と復活した女」など、複雑な味を感じさせてくれる作品が並んでいる。