人気ボカロ曲『グッバイ宣言』の小説版、なぜラノベランキングを席巻? その複合的な理由を考察

 地震には震源地が必ずあって、各地に置かれた地震計の記録を調べれば、その場所を特定できる。Rakutenブックスの週間ライトノベルランキング(12月6日~12日)で『グッバイ宣言』という作品が3位となり、4位だった前週に続けてベストテン入りした現象にもたぶん、震源地めいたものがあるのだろう。どこか1カ所に特定できるものなのか、それとも微震が重なって噴火に至ったかは判断に迷うところだが。

 作者は三月みどり、イラストはアルセチカという『グッバイ宣言』にはもうひとり、Chinozoという名前が原案・監修という肩書きでクレジットされている。音楽好きにはボカロPとして知られた人物で、2020年4月に『グッバイ宣言』という楽曲をYouTubeとニコニコ動画にアップした。楽譜の上を自在に跳ねる音符に重ねられた言葉が、早口で畳みかけてくるボカロ曲らしい作品で、印象深いサビのメロディに合わせ、強く引きこもりを肯定してくれる歌詞に励まされるところがあって支持を集めた。

 人気は2021年に入ってから大爆発したようで、MVに登場する少女がとっている、頭の後ろでOKサインを作り、前でピースサインをするポーズを交えた「フィンガーダンス」の映像が、TikTok上で盛り上がって再生回数を急伸させた。加えて、ホロライブ所属の人気バーチャルYouTuberたちが続々とカバーを発表したことで、一気に広まったところがあるようだ。

 どれだけ凄い人気なのかは、あの米津玄師がハチの名義で発表した『砂の惑星 feat.初音ミク』を抜いて、YouTube上のボカロ曲として最高の再生回数となったことからも分かる。目下6990万回の『砂の惑星』に対し、『グッバイ宣言』は8200万回を超えてなお記録を伸ばし続けている。この勢いなら1億回もあり得るかもしれない。そんな期待も生まれている。

 そこにノベライズという話題が来たのだから、ランキングの上位に入って当然と言えば言えるが、人気があるということは思い入れも深いということ。その思いを損なうようなノベライズだったらそっぽを向かれただろう。ここで面白いのは、引きこもりを正義と言い切る歌詞とは少し違って、小説の『グッバイ宣言』は停滞からの再始動が描かれている点だ。

 高校に入ってから桐谷翔は、進学できるギリギリの日数だけ登校する生活を送ってきた。3年生に進学してからも1週間ほど登校しなかった翔が、ゲームや漫画を全部捨てるという母親の脅しに屈して投稿して知ったのが、七瀬レナと同じクラスになったということ。問題児でゲリラライブやキャンプファイターを仕掛けて大騒ぎしたという話もあって、陰キャの自分とは正反対だと感じていた陽キャのレナと、翔はなぜか関わりを持つようになってしまう。

 問題児のレナに引きずり回されるようにして、引きこもりだった翔がだんだんと外に出て、失っていた世の中への関心を取り戻すようになっていくストーリーを、楽曲からストレートに思い浮かべることは難しい。ただ、原作のChinozoが監修に入っているということは、これもまた『グッバイ宣言』という楽曲に描かれた状況から派生した世界のひとつだと認められたことに他ならない。なおかつランキングの3位に食い込んだということは、停滞している場所から少しでも前に進みたいという気持ちを、優しくすくい上げたストーリーに、支持が集まった現れだと言える。

 何が正解かは、どこが震源地なのかをつきとめるのと同じくらい難しそうだが、物語が支持を集めるまでのルートは、決してひとつではないということだけは確かだ。話題のボカロ楽曲が原作であったり、小説投稿サイトで人気であったり、TikTokでインフルエンサーが激賞したり。多様化した表現の場から、思いも寄らなかった作品が生まれたり、推されたりしてくる状況は、実にスリリングだ。

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