森田真功×藤谷千明『東京卍リベンジャーズ』対談 「平成のヤンキー漫画の総決算と呼べるものになっている」

『SLAM DUNK』花道軍団の残りの面々

森田:これはこじつけなんだけど、『東京卍リベンジャーズ』の主人公の名前は花垣武道です。桜木花道や坊屋春道を連想させる名前ですよね。古くは『嗚呼!! 花の応援団』の青田赤道に遡れるかもしれません。『嗚呼!! 花の応援団』のどおくまんには、中学時代にタイムスリップした主人公が不良たちに逆襲するという『超人S氏の奮戦』があります。第一話で線路に落ちるシークエンスが一緒ですが、まさかそこまでは参照したり意図したりしてはいないでしょう。

藤谷:90年代なかば以降のヤンキー漫画って、絵柄的には井上雄彦の影響下にある作家も少なからずいるじゃないですか。例えば森田さんも執筆されている『ヤンキー漫画ガイドブック』でも、『シュガーレス』がアスリート的なケンカ描写だと評されていましたし、一部のヤンキー漫画は最近だと「マガジンポケット」連載の『WIND BREAKER』のように、「(学園の)テッペン」を獲るスポーツのような定番の構造になってきていますよね。

森田:ただ、『SLAM DUNK』の中でのヤンキーとは、桜木軍団のことであり、バスケに出会わなかった花道であって、バスケに復帰しなかった三井寿のことなんですよ。『SLAM DUNK』そのものはヤンキー漫画ではないけれど、花道軍団の残りの面々にカメラを向けたのが、要するにこの30年の「ヤンキー漫画」なんだと思います。主役になれなかった青春をどう生きていくかっていうところで。『SLAM DUNK』を先行していますが、『ゴリラーマン』は正しくそのような作品だった。リベンジャーズの場合も結局何者にもなれなかった20代後半の青年が、自分の人生を取り戻すという話である。そして、マイキーという「主人公」として生きてきた人間の破滅をどう救うのかという話でもある。その2つの視座が、タイムリープという基軸を入れたことによって、一つの作品の中で両立できているというところに30年後のヤンキー漫画ならではの新しさがあるのかも。

藤谷:なるほど。

森田:本来の運命ではタケミチとマイキーは出会えません。しかし、運命を改変したことで、マイキーと親友になり、その親友を助けなければならないという新しい使命が芽生えてきます。もちろん、昔の恋人を助けたいという初期のモチベーションを抜きにして『東京卍リベンジャーズ』を語ることはできません。ただ、そこに目を向けるなら確かに「女の子を救う」というテーマを持ってはいるのだけれど、性暴力の扱いは単純化されていますよね。田中宏の『BAD BOYS』から続くシリーズに顕著なのですが、いかに性暴力の罪と向き合うかというのも、ヤンキー漫画が題材にしてきた問題の一つではあります。

藤谷:性暴力の扱いは掲載誌の違いもありますよね。ヤングマガジン連載だった『新宿スワン』は凄惨な性暴力が何度も出てきました。ただ、スカウトの搾取構造や女性への性暴力でしか連帯できない男性たち、そしてそれを救おうとする白鳥龍彦の存在が、自身もスカウトであることで、どんどん矛盾していくわけですし、どう見ても女性に対しての感情よりも、真虎への感情の方が大きいですからね。

森田:パーちんの親友の恋人のエピソードは序盤のキーです。小沢としおの『ナンバデッドエンド』であったら、同様のシークエンスは、負の連鎖であったり、すべての暴力を終わらせるためにはどうすればいいのかを悩むために使われています。また『東京卍リベンジャーズ』では、登場人物の親世代、つまり大人が出てくる数少ない場面でもあります。しかし、そこに現れている際どさは、次第に消えていきます。ヒナタの父親も数少ない大人の登場人物ですよね。けれど、ヒナタの父親が抱く娘や不良に対する懸念は青春やラブコメのノリによって無力化されてしまうのです。極端にいえば、『東京卍リベンジャーズ』に出てくる少女のほとんどは不良と関わったせいで不幸になってしまう。総じて被害者だといっていいのですが、それらのおおよそはタイムリープの有無とは関係なく起こっている。そのあたりも踏まえ、強姦やDV、風俗産業が登場人物の視野にちゃんと入っているタイプの作品であるにもかかわらず、女性が犠牲になることについては読者に深く考えさせないようになってしまっている気がするのです。さっき言った「女の子を救う」というテーマはタケミチがヒナタを死なせないことを指しているのですが、ヒナタ以外の女の子はどうなんだという疑問が残ります。

藤谷:最後にもうひとつ、気になっていることをいうと、『東京卍リベンジャーズ』の大ヒットを経て、これから秋田書店や少年画報社以外の漫画雑誌でも、不良漫画が増えるのだろうか……という。ちなみに「ジャンプ」と「サンデー」の本誌、WEB含めて現状は確認できませんでした。近年、ティーンズラブでは『漫画家とヤクザ』以降といっていいのか、、不良やヤクザに溺愛される作品が増えていますし、少女漫画の領域でも「Cheese!」の『恋と弾丸』は掲載誌的にティーンズラブ寄りですが、「なかよし」にも『蝶か犯か ~極道様 溢れて溢れて泣かせたい~』という作品も連載されています。それが『東京卍リベンジャーズ』ブームと合流するのかもしれないですし。

森田:確かに『ヤンキー君と白杖ガール』や『自転車屋さんの高橋くん』『ちょろくてかわいい君が好き』『メガネ、時々、ヤンキーくん』など、少女漫画を含め、バイオレンスな要素がほとんどないラブコメもヒットしてきています。一方で『東京卍リベンジャーズ』はタイムリープだけれど、戦国武将のDNAを持ったヤンキーが出てくる『新・信長公記 ~ノブナガくんと私~』のようにギミックを加えた作品も増えており、怪異や異能者をミックスした『鬼門街』や『デストラ』なども挙げられます。『Y田の伝説』は、YouTubeのような動画サイトで名を売っていくヤンキーが主人公ですし、ヤンキーとグルメやBL、異世界漂着との融合を次々試している奥嶋ひろまさのような漫画家もいます。あえて80年代ぽい絵柄に寄せていった齊藤万丈の『オキナワ夜露死苦日和』なんかは、シティ・ポップのリバイバルにも似た今日性を感じさせます。そういう一連の流れが、新しいなにかを生み出すきっかけになるのかもしれない。

関連記事