道玄坂上ミステリ監視塔:第2回

連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2021年9月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を1人1冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。

 毎年恒例の年末ベストテン戦線が実はもう始まっており、先月末が某有名ランキングの〆切になっていました。そんなわけで話題作も大量に刊行されましたが、2021年9月は果たしてどんな作品がお薦めだったのでしょうか。(杉江松恋)

酒井貞道の1冊:『カミサマはそういない』深緑野分(集英社)

 収録7篇には、どう見てもミステリな作品があるし、ミステリの手法を用いて驚きを供するものも複数入っているので、月次ベスト・ミステリに挙げます。人間の持つ闇を丁寧に描く作品が揃いますが、その描かれ方は心理的/幻想的/怪談的/マジックリアリスム的であり品がよく、胸に刺さる。わざとらしい醜い露悪が皆無なのは重要ポイント。パンドラの匣よろしく、希望が残る「新しい音楽、海賊ラジオ」が最後に配置されているのも洒落ています。一節一句に至るまで丁寧に紡がれた物語には、読者としても丁寧に接したい。そんな短篇集です。

野村ななみの1冊:『サーカスから来た執達吏』夕木春央(講談社)

 明治44年、ある名家の密室から高価な宝物が忽然と消失した。時が移り大正14年、2人の少女がそのお宝を探し始める。樺谷子爵家に借金取りとしてやって来たサーカス出身のユリ子と、借金の担保となった樺谷家三女の鞠子だ。立ちはだかるのは、宝を狙う二つの伯爵家。彼らの横やりをなんとか躱して、彼女たちは宝と過去の未解決事件の真相に迫る。生き方も性格も真逆な少女たちの摩訶不思議な関係性は、本書の大きな魅力だ。大正浪漫な雰囲気から、宝探しに必須の〈暗号読解〉に鞠子令嬢の成長と、読む楽しさが詰まった本格ミステリ。

千街晶之の1冊:辻堂ゆめ『トリカゴ』(東京創元社)

 心優しい刑事・森垣里穂子がある事件の捜査の際に目の当たりにしたのは、自身の生年月日や出生地や本名などの情報を持たない無戸籍者たちが身を寄せ合って暮らす姿だった。果たして、彼らを傷つけることなく真相に辿りつくことは可能なのか。一般の人たちは無戸籍者たちの世界を想像すら出来ず、無戸籍者たちも本来ならアクセス可能な情報に到達できない。そんな社会の断絶を浮かび上がらせる、二重三重のどんでん返し。社会派と本格ミステリの融合という、挑戦者は多いがなかなか成功しない試みにおいて、ひとつの理想型が登場した。

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