斉木久美子が語る『かげきしょうじょ!!』制作秘話と作家生活25年の歩み 「“もう終わったな”と一度は思いました」

 美しく華やかな舞台で多くのファンを魅了する紅華歌劇団は、100年の歴史をもち、未婚の女性だけで構成されている。そんな歌劇団の人材を育成する紅華歌劇音楽学校に、「オスカル様」に憧れる天真爛漫な渡辺さらさと、元・国民的アイドルの奈良田愛ら、40名の少女が第100期生として入学した――。

 未来のスターを目指す少女たちの青春群像を描く『かげきしょうじょ!!』は、斉木久美子による大人気マンガだ。2012年に「ジャンプ改」(集英社)で連載が始まり、同誌の休刊後は「メロディ」(白泉社)に移籍して物語は継続されている。今年7月には最新11巻が発売、そしてTVアニメも放送が開始された。新刊リリースとアニメ化、また漫画家生活25周年といくつもの節目を迎える斉木久美子氏に、『かげきしょうじょ!!』について語ってもらった。(嵯峨景子)

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ルーツとしての『ベルサイユのばら』

――歌劇団をテーマにした理由を教えてください。

斉木久美子(以下、斉木):「ジャンプ改」の編集さんから、歌劇団を題材にしたマンガを描きませんかと、お仕事のお話をいただいたのがきっかけでした。

――紅華歌劇団は宝塚をモデルにしていますが、もともと宝塚はご覧になっていたのですか?

『ベルサイユのばら 3』

斉木:作品の準備に入るまで、生で観劇したことはありませんでした。とはいえ、宝塚を全く知らないわけではなかったんです。私が初めて読んだマンガが『ベルサイユのばら』(池田理代子/集英社)なのですが、これは宝塚の『ベルばら』ブームに乗って母が買い与えてくれたものでした。その後、誕生日に『ベルばら』の曲が入ったLPレコードをもらい、ものすごく嬉しくて聴き込んでいました。あとは、幼少期にテレビの中継で宝塚を見ていたり。そんな原体験があるので、宝塚の世界は自分の中に自然と住み着いていたようです。

――渡辺さらさが紅華を目指すきっかけになった「オスカル様」のルーツが、ここにあるのですね。お聴きになっていたレコードはどういうものでしたか?

斉木:今でいう「フェルゼンとマリー・アントワネット編」で、鳳蘭さんがフェルゼンを演じていました。子どもの頃のつるつるの脳みそで聴いていたから、音楽が体全体に刻み込まれていったし、曲を全部覚えて歌っていました。のちに凰稀かなめさんがオスカルを演じた『ベルサイユのばら』を観劇した時、劇中歌がかつての記憶そのままで、本当に感動しました。

歌劇・歌舞伎・アイドルにまたがる世界

――描き手として、歌劇団という設定にはどのような魅力や面白みを感じていますか?

斉木:組やトップスター制度をベースにした、チームとしての団結力でしょうか。演劇をテーマにしようとすると、マンガ界にはすでに『ガラスの仮面』(美内すずえ/白泉社)という巨大な塔があるし、女の子2人のバチバチのライバルものでは、北島マヤと姫川亜弓に勝る関係性はありません。なので『かげきしょうじょ!!』では、ライバル関係ではなく、団体としてどう成長していくのかを描きたいと思いました。

――作品執筆のために宝塚の取材や調査はされましたか?

斉木:宝塚OGの方に一度取材をさせていただきました。あとは作品の準備期間を含め、10年以上宝塚を観劇しています。ですが宝塚を模してはいるものの、本作はあくまでフィクションです。本家に寄り添いすぎると、物語が膨らんでいきません。話を描いていくためにもあえてのめり込みすぎず、俯瞰できる一定の距離を保つよう心がけています。

――春夏秋冬という4組からなる紅華歌劇団には、男役と娘役というシステムがあります。斉木さんが考えるそれぞれの魅力を教えてください。

斉木:男役に関しては、性を超越した存在で、女性が男であって男でないものを演じる唯一無二の魅力があります。娘役については、歌劇団を描くと決めていろいろ調べていた時に観た、とあるテレビ番組が衝撃的でした。宝塚の娘役さんが出演していたのですが、娘役は何のために存在しているのかという質問に対して、「私たちは自分が一番になりたいわけではなく、男役を美しくみせるために存在している」と返答しているのが目からウロコだったんです。娘役はヒロインであり、男役のために身を捧げる存在でもある。その有り様を興味深く感じています。

――本作は歌劇団だけでなく、歌舞伎の世界も描いているのが特徴的です。歌舞伎という要素を入れようと思ったきっかけを教えてください。

斉木:歌劇団の特性として、女性だけからなるという点が第一に挙げられます。それの対比として歌舞伎という男だけの世界を思いつき、この2つを繋いだマンガはあまりないので、チャレンジしてみました。主人公がただ歌劇を好きでトップを目指すよりも、他にものすごくやりたかったことがあるにもかかわらず挫折し、そこを乗り越えてトップになりたいと決意する方が説得力があります。挫折からの再生というのが『かげきしょうじょ!!』のテーマの一つなのですが、歌舞伎という要素がそこにうまくはまってくれました。

――さらさは幼少期に歌舞伎の助六に憧れたものの、女性だから歌舞伎役者にはなれないという挫折を体験しています。

斉木:初代の編集さんが歌舞伎ファンということもあり、2人でさらさが憧れる役を考えて、助六を選びました。歌舞伎には魅力的な役がたくさんありますが、派手なものは荒事が多く、雅な感じがなくて歌劇団の麗しい世界とは繋がりにくい。その点、助六は色男役で有名な花道の出端のシーンもあり、ぴったりでした。

――本作にはアイドルという要素も登場します。奈良田愛はJPX48というアイドルグループの元メンバーです。

斉木:JPX48が模しているAKB48も、この作品を描き始めた時から見始めました。ドキュメンタリー映画などが興味深く、そこから完全にアイドルを見る目が変わりましたね。当時のAKB48はまだ総選挙をやっていて、そこで生まれたさまざまなドラマも印象に残っています。ちなみに私は今BABYMETALにものすごくはまっているのですが、『かげきしょうじょ!!』がきっかけで組織としてのAKB48を知ろうと思わなければ、このグループにも到達していなかったです。

群像劇が魅せる多彩な関係性

渡辺さらさ(左)奈良田愛(右)/©斉木久美子/白泉社 「『かげきしょうじょ!!』公式ガイドブック オンステージ!」カバーイラストより

――『かげきしょうじょ!!』は群像劇で、たくさんのキャラが登場します。どのように物語やキャラを作っていかれたのでしょうか。

斉木:私は女の子同士の友情をテーマにした映画が大好きで、その影響で女子のバディものにしようと決めて、そこからさらさと愛が生まれました。最初は反発していた方が面白いのでそのように設定し、2人を取り囲むキャラとして100期のクラスメイトを設定していき、委員長、ちょっと意地悪な子、大人しい子、あとは双子と配役を振り、そこから肉付けしています。

――今お話に出た斉木さんが好きな映画について、詳しく知りたいです。

斉木:『タイムズ・スクエア』、『17歳のカルテ』、『下妻物語』、『エンジェル ウォーズ』、『プライベート・ベンジャミン』、『プッシーキャッツ』などが大好きです。『タイムズ・スクエア』は10代の女の子2人が精神病院を飛び出す青春ロック映画で、『エンジェル ウォーズ』は設定がSFチックで映像的にも面白いのですが、ここにも精神病院が出てくる。『17歳のカルテ』もそうですが、シスターフッドものの映画は、精神病院から始まるものが多いです 。女の子が大人になっていく過程で、男の子の青春ものよりも、心が不安定になるのかもしれません。

――『かげきしょうじょ!!』のルーツを知ることができて、大変興味深いです。キャラに話を戻すと、主人公のさらさはある種の天才型ですよね。

斉木:さらさは王道のジャンプヒーローを意識しています。一方の愛は、そんな主役に反発する役割を担ってもらいました。彼女の幼少期の体験なども初めから考えていて、そこからの再生や、心の変わりようを描いていきたかった。

――音楽学校の生徒だけでなく、教える講師陣も個性豊かですね。

斉木:私はもともとキャラクターの設定や、その人がたどってきた人生を考えるのが好きなので、あまり苦労をせずにキャラを生み出せています。安道守の元俳優で舞台事故がきっかけで引退して教師の道へという設定も、最初から決まっていました。奈良田太一は愛のキャラクターがまず先にあり、彼女に絶対的な安全地帯を作ってあげたいと、設定を作り上げています。

――紅華歌劇音楽学校の生徒は、共に学ぶ仲間であり、オーディションでは役を競い合うライバルでもあります。関係性の描き方で意識していることはありますか?

斉木:人を陥れたり、足の引っ張りあいをさせないようにしています。例えばトウシューズに画鋲を入れるというのは、ドラマとしては面白いかもしれないけれど、関係性としては美しくない。『かげきしょうじょ!!』はバディもの、そしてスポ根ものというコンセプトでスタートしています。スポーツはチームプレイなので、メンバーの結束が大事だし、足の引っ張りあいなどはできません。

――そんな中で99期の野島聖が、若干意地悪な要素をもった役として登場します。

斉木:野島聖はこれまでに作ったことがないタイプのキャラで、私にとっては挑戦でした。物語によくいるひっかき回し役として登場させましたが、意地悪なキャラを描くのは私には向いていなかったです。この子だって優しいところがあると思ってしまうし、結果的にそういう箇所を肉付けしていきました。

 野島聖の性格の背景は、番外編で明かされています。彼女は高校時代に理解のない人に囲まれて、間違った形で強くならざるを得なかった。結果的に悪い学習をしてしまい、生き残るために自覚的に意地悪になってしまったけれど、そのくらい確固たる意志がないと行き着けない境地がある。野島聖は、そんな一面を体現する存在でもあります。

――本作には恋愛だけには留まらない、さまざまな男女の関係性も登場します。

斉木:『かげきしょうじょ!!』では、あまり恋愛には重きを置いていません。さらさと歌舞伎役者の白川暁也も一応恋人ではあるけれど、恋愛と友情の狭間、むしろ友情に近い感じの関係性です。ですが、「ジャンプ改」から「メロディ」に移った時、女性誌だから恋愛要素を入れなきゃいけないのかなと、盛り込もうとした時がありました。ところが当時の編集さんに、恋愛はいらないですと大反対されました。上層部の方にも群像劇で進めてよいと言っていただき、無理に恋愛を入れなくてもいいんだと、ほっとしながら進めた思い出があります。

――紅華歌劇音楽学校の名誉教授・国広茂登と専科の櫻丘みやじのエピソードも、歌劇団への愛や戦争というテーマを掘り下げていて、とても印象的でした。

斉木:私はあまり政治的な発言はしたくないのですが、あの話を描いた時は現代日本の状況にちょっとした不安を抱えていたし、戦争を語る人がいなくなってきてしまっていることへの危惧もありました。私の親は防空壕に避難していた世代で、戦争の話はよく聞いていました。反戦的なエッセンスを取り入れながら、大変な時代を乗り越えていった歌劇団の姿を描きたいと、取り組んだエピソードです。

劇中劇と作画のこだわり

――作中には『ベルサイユのばら』のような実在する演目から、紅華オリジナル作品も登場します。劇中劇はどのように着想されていますか?

斉木:『ベルサイユのばら』はこの物語を描くきっかけの作品なので、池田理代子先生におうかがいをして、嬉しいことに許可をいただいたので作中で使わせてもらっています。ですがこれは例外で、著作権的な問題があるため、劇中劇は古い演目を使うか完全なオリジナルにする必要があります。ただ主人公の男の人が格好良くて、華麗な感じの作品は、たいてい宝塚がすでに上演しているんですよ(笑)。だからネタ探しではいつも苦労して、劇中劇作りという新たな壁に直面しています。

 「ロミオとジュリエット」は誰もが知っている演目をと考えて選び、「巴里の白い花」は完全な創作です。「オルフェウスとエウリディケ」は神話を題材に、ラブロマンス要素がある物語を選びました。そして歌劇っぽい格好をさせるために、神話を下敷きにしたマフィアスーツものという設定を取っています。

――キャラクターのポージングが格好よく見惚れていますが、作画をするうえで意識しているポイントはありますか?

斉木:手や指を長く美しく描くよう、意識しています。関節のしなりを極端にして腕を長く描いたり、華麗な指先を求めて自分の手でポーズを作って写真を撮り研究することも。あとは動きを大きくみせたいので、引いた感じの絵にしたり、見開きを使って指の先まで入れるよう工夫しています。

――光と影というのでしょうか、黒ベタの多いコマにとりわけ印象的な場面が多いように感じています。この表現は意識されてのものなのでしょうか。

斉木:そこはものすごく意識しています。マンガを描くうえで真っ白と真っ黒の勇気というのがあって、私の理想は大島弓子先生の『綿の国星』(白泉社)のような、洗練された真っ白か真っ黒の見開きなんです。それに憧れて挑戦しているのですが、変な邪心が入ってついつい描き込みをしてしまい、刷り上がった雑誌を見ては反省することも。いろいろと試行錯誤しながら、理想の黒ベタを追求しています。

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