『東京卍リベンジャーズ』の魅力は“全員主役級”キャラたちのチーム戦にあり そのなかでタケミチが輝く理由を考察

 いま、和久井健のコミック『東京卍リベンジャーズ』(講談社/「週刊少年マガジン」にて連載中)が売れに売れている。編集部に問い合わせたところ、累計発行部数は3200万部を突破しており、3月末に公表されたデータが約1000万部だったことを考えてみれば(この段階ですでに充分売れているのだが……)、明らかに、春以降のテレビアニメ化と実写映画化の成功が、ここ数ヶ月間の爆発的な売り上げにつながっているのは間違いないだろう。

※本稿は『東京卍リベンジャーズ』のネタバレを含みます。

惜しげもなく投入される主役級のキャラクター

 さて、この『東京卍リベンジャーズ』、ヒットの要因のひとつとして、(前述の映像化による盛り上がりとは別に)「不良漫画」と「SF漫画」の融合の新しさを挙げる人も少なくない。たしかに、同作のおもしろさは、「かつての恋人の死を防ぐために、元不良少年が何度も過去へタイムリープして未来を変えようとする」という物語の大筋の奇抜さにあるだろう。

 しかし、「不良×SF」の組み合わせが新しかったかといえば、少々疑問がないわけでもない。たとえば、こと「時間SF」のジャンルに限ってみても、過去のヒット作として『代紋TAKE2』があるし(こちらの主人公は不良少年でなくヤクザだが)、さらにいえば、『幽☆遊☆白書』や『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部を見ても、リーゼントの不良少年がスーパーナチュラル(超自然的)な“事件”に巻き込まれて戦う様子が、広義のSF(ないしファンタジー)作品としてうまく“料理”されているのがわかるだろう。

 だから個人的には、「不良×SF」の組み合わせは、定番とはいわないまでも、それほど斬新なものでもないと思っており、ではなぜいま、『東京卍リベンジャーズ』がこれほど多くの読者に受けているのかといえば、それはたぶん、惜しげもなく主役級のキャラクターを次々と作中に投入していることにあるのではないかと思っている。

 マイキー、ドラケン、場地、千冬、三ツ谷、八戒、河田兄弟、鶴蝶、一虎、千咒。あるいは、稀咲、イザナ、春千代、そして、半間……。いずれも主人公を食いかねない――というか、どいつもこいつも並みの漫画なら主役を張れるくらい「キャラが立っている」面々だ。これは、従来の、「ひとりの強烈な個性を持った主人公を中心に物語を組み立てていく」という少年漫画の基本からは大きく逸脱した作り方ではあるが、かといって、とりわけ異端なスタイルというわけでもない。

 というのは、少年漫画のヒット作の流れのひとつには、山田風太郎の「忍法帖シリーズ」に端を発するといわれている、トーナメント戦/チーム戦を主体としたバトル漫画の系譜があり、その種の作品ではたいてい、この『東京卍リベンジャーズ』と同じように、敵味方に分かれた複数の主役級のキャラクターたちが、(本来の主人公とは別に)物語の要所要所で派手に活躍することで物語を盛り上げている。

 具体的な名を挙げれば、古くは『伊賀の影丸』や『サイボーグ009』あたりに始まり、『リングにかけろ』、『聖闘士星矢』、『キン肉マン』、『DRAGON BALL』(あるいは前述の『幽☆遊☆白書』や「ジョジョ」シリーズ)などを経て、近年では『文豪ストレイドッグス』、『鬼滅の刃』、『呪術廻戦』といったところが頭に浮かぶが、要するにこの種の作品は、主人公の他にも、サブキャラそれぞれにファンがつき(今風のいいかたをすれば、読者がそれぞれの“推し”のキャラを見つけることができ)、そのことが、結果的に作品全体の人気の底上げにつながっていると考えられるのだ(ある時期から『東京卍リベンジャーズ』の単行本のカバーデザインが、単独でキャラクターを描いたものにリニューアルされたが、これなどもまた、同作がひとりひとりのキャラを“売り”にしているということの証だろう)。

 だが、かといって、それは別に主人公のキャラ造形に手を抜いていいということではない。むしろ、居並ぶ強烈な脇役よりもさらに魅力的な主人公を創造する必要さえあるだろう。

 そう――たしかに私は、『東京卍リベンジャーズ』がヒットした最大の要因として、数多くの魅力的なサブキャラクターが次から次へと登場してくることがあると考えてはいるのだが、それと同時に、やはり、主人公の花垣武道(タケミチ)の存在も大きいと思っている。

 これは当たり前の話かもしれないが、主人公に華のない物語が広く読まれることはないのである。ただし、このタケミチの魅力についていえば、読者が彼の姿を見て感じるのは、(たとえばマイキーやドラケンらの姿を見て思うのとは違い)“憧れ”ではなく“共感”だろう。

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