実写映画化で話題 『夏への扉』が“永遠の傑作SF”と称される理由

ロバート・A・ハインライン『夏への扉』新版(ハヤカワ文庫SF)

 SFとは『夏への扉』であり、『夏への扉』こそがSFの珠玉であると言って言い過ぎにならないのは、オールタイムベストSFの企画で、ロバート・A・ハインラインによるSF小説『夏への扉』が、常に上位に入っているから。2021年6月25日には、初の実写映画化となる三木孝浩監督の『夏への扉―キミのいる未来へ―』も全国公開となって、改めて作品が持つ魅力が広まりそうだ。

 山下達郎のアルバム『RIDE ON TIME』(1980年)に入っている楽曲に、「夏への扉」がある。作詞は吉田美奈子で作曲は達郎だが、もともとは達郎のライブでキーボードを担当しているミュージシャンの難波弘之が、1979年にリリースしたアルバム『センス・オブ・ワンダー』の収録曲として書き下ろされた。

 SF作家として、『飛行船の上のシンセサイザー弾き』などの著作も持つ難波が、SFをテーマに制作したこのアルバムには、「アルジャーノンに花束を」「ソラリスの陽のもとに」「鋼鉄都市」「虎よ!虎よ!」といった、SF作品からタイトルをとった楽曲が、ずらりと並んでいる。「夏への扉」はその1曲として収録されていて、達郎とは違った難波の甘い声で、絶望的な状況でも決して諦めず、希望へと扉を見いだして進む大切さを歌い上げている。

 原作を読んだ人が歌詞を読めば、この歌が極めて的確に『夏への扉』のストーリーをなぞり、エッセンスを抽出していることが分かるだろう。逆に言うなら、歌詞について語ることが、『夏への扉』を読んで生まれる驚きと、その先の感動をスポイルしてしまいかねない。それは、映画『夏への扉―キミのいる未来へ―』の紹介でも同様だ。

 だから、小説のさわりだけの紹介に止めるなら、映画では高倉宗一郎という役名で山崎賢人が演じている、ダンという発明家の男がいて、〈ハイヤーガール〉(以前の翻訳では〈文化女中器〉)という名称の、家事に役立つマシンを開発しては、営業担当のマイルズ(映画では眞島秀和が演じる松下和人)に売ってもらっていた。

 順風満帆に見えたダンの人生だったが、ベルという女性事務員がマイルズをそそのかし、2人してダンから経営権を奪い、開発中だった新発明も取り上げて追放した。絶望したダンは、実用化されていた冷凍睡眠装置に入って30年間眠ってからやり直そうと考えたが、その願いすら叶えられず、より悲惨な境遇へと追い込まれてしまう。そんな境遇でダンが見る世界の光景が、空想の科学に満ちあふれた未来のビジョンを示して、SFが持つ想像力の楽しさを感じさせてくれた。

 さらに、現実ではまず起こらない事象を持ち出し、ダンが置かれた悲惨な境遇をひっくり返すストーリーによって、不可能が可能になったらという、まさにSFといった夢を与えてくれた。そういった展開によって得られた、復讐と挽回の達成であり、再会と恋愛の成就がもたらす喜びが、『夏への扉』という作品をSFの中のSFであり、永遠の傑作として、長くオールタイムベストの一角に留まらせ続けたと言える。

関連記事