「自分にはまだすごい才能が眠っているんじゃないか」 爪切男×せきしろが語る、人生の落としもの
『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)を3カ月連続で刊行するエッセイの最後の1冊として出したばかりの作家・爪切男と、作家で俳人のせきしろとの対談は、妄想を繰り広げたという「思春期」の話から「人生でやり残したこと」の話題へと移る。
4月5日にエッセイ『その落とし物は誰かの形見かもしれない』(集英社)を刊行したせきしろにとっての、人生での「落とし物」とはーー。(土井大輔)
前編:爪切男×せきしろが語る、思春期のモヤモヤ 「自販機で手にした本が、その後の人生の糧になった」
爪切男「書店に自分の本が並ぶのを見てからは余生」
爪切男:そういえば、お互いの本の話をまったくしてないですね(笑)。
せきしろ:僕は今回、爪さんの『クラスメイトの女子、全員好きでした』を読ませてもらいました。ファンのみなさんはこの本を読んで、もしかすると一般的には「すごくセンチメンタルだ」と言われるかもしれませんが、僕はそういうレベルの話じゃない感じがすごくしています。だとしたら、なんて言う言葉が当てはまるのかをずっと考えているんですけれど、全然、思い浮かばなくて。
爪切男:そうですね。たぶんセンチメンタルな恋の本ではないと思います。
せきしろ:エモーショナルというのも違うし。センチメンタルやノスタルジーの部分が、全くないわけでもないんですけれど、爪さんはそういうひとつの言葉で表現できるジャンルの作家ではないと思いました。ご自身のなかでジャンルは別に気にしてないのかもしれないんですけど、少なくとも「センチメンタル」という言葉で表現しきれるものではない。ただ綺麗な言葉で褒めるだけでは、チープな感じになってしまうと思います。昨夜は(爪切男が暮らした)相模大野で飲んでいたこともあって、もしも爪さんに「本の帯を書いてくれ」って言われたら、自分ならなんて書くんだろうって、ずっと考えちゃいました。
爪切男:「入り」というか、物語のきっかけはむしろホラー的な感じだと思うんです。なにしろ親父に「他人を観察しろ」って言われて、クラスメイトの女子をじっと観察してきたわけですから。それはもう、ホラー映画ですよ。
せきしろ:僕は自分を出して作品を書けないので、そういうことを書けてしまう部分は単純にうらやましいですね。
爪切男:自分を出しきれたのは、もう今が余生だと思ってるからなんです。なにせ、初めて本を出したとき、本屋さんに自分の本が並んでいるのを目にしただ時点で、「僕の人生にまちがいなくピリオドが打たれたな、もうやり残したことはない」と思ったくらいですから。
せきしろ:あぁ、なるほど。
爪切男:あれからずっと余生を過ごしてるみたいな感覚があるんです。明日、自分が突然死しても、誰か知らない人の家の本棚に自分の本が残るなら、それだけでもう「いい人生だったな」って思えるじゃないですか。
せきしろ:いや、爪さんはまだいっぱい書けるエピソードがあると思います(笑)。僕はどこか物事を俯瞰で見ているようなところがあって、あまり自分を出せないので、物書きとして単純にすごくうらやましいです。
それと、僕が書くものは、若い人たちにあまりわからないだろう、年を取らないとわからないだろうなと思うんですけれども。爪さんの本は、若者が読んでも面白いだろうなと。自分と違う世代にも読ませられるのは、すごいことだと思います。
爪切男:以前、出版社の方に購買層のデータを見せてもらったら、『死にたい夜にかぎって』は10代の女の子にけっこう売れたって聞きました。
せきしろ:うらやましい! 僕なんかイベントをやっても男子しか来ないですから。会場の最前列が男子っていうことがよくあります(笑)。でもそれは大変ありがたいです。
せきしろ「自分にはまだすごい才能が眠っているんじゃないか」
爪切男:『死にたい夜にかぎって』が映像化されて、賀来賢人さん僕のことを演じてくれているのを観たときに「俺の人生、アガったな。これ以上いいことはもう起きないだろう」って感じがあったんです。せきしろさんは「アガったな」と思ったことはありますか?
せきしろ:僕の場合は、ドラマ『去年ルノアールで』で星野源さんが僕の役をしてくれたので、パラレルワールドを見ているみたいな感じはありましたね。でも、「アガったな」とは思わなくて、むしろ何故いまだに物書きをしてるのか、自分でもよくわかっていない感じ。なりたくてなったわけでもないので、「俺の人生には、まだなんかあるんじゃないか?」と思ってるんですよね。
爪切男:はー! それはすごい。
せきしろ:どこかの偉い人が「お前、面白いからうちに来いよ」って言ってくれるとか(笑)。だから「アガった」っていう感じはなくて、今もずっと低空飛行をしている気分です。自分にはまだすごい才能が眠っているんじゃないかと思うこともあって。例えば、カーリングがめちゃくちゃ上手いとか、接客の技術がすごくいいとか。いや、やったことはないんですけどね。そういう妄想をしながら、この歳まできました。
爪切男:僕にとってせきしろさんは憧れでありカッコイイ先輩というの存在で、これから先どうしたらいいのかなってことを相談したかったんですけれど、やっぱり「まだ何かある」んですね。
せきしろ:まだ何かありますよ。
爪切男:「俺もそういう境地になりたい」って思いました。
せきしろ:むしろそう考えないと、この先、生きていけないと思うんですよ。
爪切男:なるほど。僕はどこかでずっとピリオドをつけたがっていたのかもしれません。僕はアイドルグループのアイドリング!!!が好きで、「ファン様クラブ」の永久会員証も持っているんですけど、グループが解散してから他のアイドルを心から好きになれていなくて。……そんな気持ちじゃダメなんですよね、きっと。先に進まなきゃ。
せきしろ:いや、別にダメではないと思いますけど(笑)。
爪切男:僕には何でもすぐに終わらせたがるところがあるんです。「終わる」って絶望じゃなくて安心でもあるので。でも、まだ終わるわけにはいかないですね。せきしろさんのお話を聞けて良かったです。