安野モヨコがいなければ『シン・エヴァ』は生まれなかった? 『監督不行届』から読み解くオタク夫婦の絆

 安野モヨコ氏が庵野氏と結婚したのは2002年。この頃の安野氏は、月刊美容雑誌『VoCE』で美しくなることをテーマにしたエッセイ『美人画報』を連載していた。そこには綺麗でイケてる女性になるための日々の努力が綴られていて、オタクの入り込む余地はなさそうに見える。『美人画報』では、美しいものが好きと繰り返し書いていて、それは本音であることは間違いない。だが、一方でずっと風呂に入らないオタクとも付き合えるというのはすごいふり幅である。

 『美人画報』は全3冊で刊行されているが、最終刊の『美人画報ワンダー』では、綺麗になるための努力の過程で「ブス」という言葉にさんざん傷つけられ、落ち込み、3カ月ほど仕事が手に着かなかったことも明かしている。綺麗になるために努力する姿が彼女らしくなかったわけではないだろうが、どこか無理をしている面もあったのだろう。そんなときに、オタク心を全肯定してくれるような存在に出会ったとしたら、それは大きな救いだったのではないだろうか。

 ロンパースも、明らかにカントクくんとのオタク生活に刺激を得ているし、心地よいとも感じている。それどころか、オーストラリアに旅行した際に、ボディケアに目覚めたカントクくんにロンパースは「フツーの男になってしまう!!」と危機感を感じてしまうようになる。普通の男になってもらった方が生活は楽になると思うが、それでは結局物足りないのだろう。

 本書は、カントクくんこと庵野秀明氏の生活実態に驚かされるが、それと同じくらい、ロンパースこと安野モヨコ氏の馴染みっぷりにも驚かされる。2人は似た者同士で、出会うべくして出会い、結婚するべくして結婚したのだと納得するだろう。

安野モヨコは漫画を読者の避難場所にしない

 本書は漫画本編も面白いが、巻末の庵野秀明氏によるあとがき「庵野監督 カントクくんを語る」も読み応えがある。そこで庵野氏は安野モヨコ氏の作品を、「マンガを現実からの避難場所にしていない」と絶賛している。庵野氏いわく、漫画の大半は読者を現実から避難させて満足させるだけになってしまっているという。そんな中において、安野モヨコ氏の作品は、一貫して「現実に還る時に、読者の中にエネルギーが残るようなマンガ」なのだと評している。

 それは、庵野氏にとって『新世紀エヴァンゲリオン』でやろうとしたが、できなかったことだそうだ。筆者は、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でそれがようやく達成されたのではないかと思っている。現実に還る観客に向けて、前向きに生きていくための力がみなぎっていたと思う。

 そういう意味でも、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』は、安野モヨコ氏がいなければ生まれなかったのかもしれない。安野モヨコと庵野秀明は互いにとってなくてはならない存在なのだ。本書を読むとそれがよくわかる。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■書籍情報
『監督不行届』(FEEL COMICS)
著者:安野モヨコ
出版社:祥伝社

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