「料理は愛情」は呪縛になる? 『料理なんて愛なんて』著者・佐々木愛が語る、“アンチ料理小説”を書いた理由

 「料理は愛情」って本当なのだろうか? もちろん、大切な人への手料理には愛情がこもっているだろう。だがそれは、料理をつくらない人に愛情がないということだろうか? そんなはずはない。高級チョコにだって、値段を奮発したぶんの愛はある。へたな手作りよりもちゃんとおいしいものを食べてほしいという思いやりだってある。だが、『料理なんて愛なんて』の主人公・優花の愛は、好きな人に伝わらない。自分より愛情が薄いとわかっている人の手作りチョコの前に敗れてしまう。そんな彼女が手料理の呪縛を解き放とうと奮闘するも、料理好きになるどころかますます嫌いになっていく前代未聞のお料理小説。著者の佐々木愛さんにお話をうかがった。(立花もも)

「料理は愛情」「胃袋を掴め」

――料理嫌いの優花が片思いしている真島さんは、料理の得意な女性が好き。なんとか恋人同士になれたものの、バレンタインの日、「好きな人に手作りチョコをもらったから」とフラれてしまう。その好きな人っていうのが、料理教室の先生という……。他人事じゃない女性は多いんじゃないでしょうか。

佐々木:私自身も、料理がすごく苦手で。料理小説って、描写が丁寧だったり、読んでいるとお腹がすいたり、とても好きなんですけれど、その過程で登場人物がだんだんと料理好きになったり、料理を通じて前向きになったり、腕前も上達していくことが多いと思うんです。そういうとき、私は主人公の成長を喜びながらも、ちょっと淋しくなってしまう。そんな疎外感のようなものを料理小説に抱いてしまう自分にも落ち込むのですが、同じ感覚のかたもいるんじゃないかと思ったんです。それで、徹底して料理がきらいだし、上手にもならない主人公を書こうと。

――手作りチョコにトライするもあえなく挫折し、自分にとっていちばんの愛情表現である高級チョコを渡そうとした矢先にその仕打ち……。〈チョコを手作りしなかったからといって、真島さんを好きな気持ちが沙代里さんに負けているわけじゃないのに。〉という優花の言葉は刺さりました。本書で描かれる「料理は愛情」論へのアンチテーゼは、以前から考えていたことなんですか?

佐々木:前から「男心を掴むなら胃袋から掴め」など、料理と愛情を結び付ける恋愛指南には「えっ、ほんとに?」と思っていて。私自身が結婚したときも「じゃあ料理するようになったの?」とよく聞かれて、恋愛や結婚と料理って、こんなに結び付けて考えられているものなのかと驚きました。手料理には確かに愛情があるかもしれないけれど、それなくして愛情が示せないわけじゃないのでは……という、違和感を書いてみたかったのはあったと思います。また「料理は愛情」や「胃袋を掴め」といった常套句そのものにも興味がありました。料理関係に限らず、あらゆる常套句の裏には、それを発した人の数だけの背景、理由があるのかもしれない――という希望を持ちたいと私は思っていて、その希望を込めたものが書けたと思います。設定とラストだけを決めて書き始めたので、過程で何が起きるのかは自分でもわからなかったのですが、書き終えてから、ひとつの言葉の意味を自分で知りに行くというのは、こんなに迷走が必要な作業なのだなぁと気付きました。

担当編集者:初めて長編小説に挑戦いただくとなって、プロット案をいくつかいただいたとき、最初から今作の「アンチ料理小説」みたいなコンセプトはありました。おっしゃったように、料理小説は好きだし、料理で幸せになることに憧れはあるんだけれど、そこからこぼれてしまう人たちを書きたい、というような。

佐々木:確かに、最初から「主人公は絶対に料理上手にはならないし、好きにもならない。料理で恋愛が左右されたりもしない」というのは決めていたと思います。あと、私は小川洋子さんの作品を心の支えとしているのですが、その小川洋子さんの初めて書かれた長編が「シュガータイム」という食をテーマにした作品だったことも、このテーマを選んだ理由の一つです。

――真島さんはどんなふうに生まれたんですか?

佐々木:“嫌いになりたいけれど嫌いになれない人”代表、でしょうか。優花の友人・百合子が言うように、はたから見ると全然いい人じゃないし、むしろ友達にもなりたくないタイプですけど、恥ずかしいタイトルの自己啓発書を冷蔵庫に閉まっておくところや、ホッキョクグマに自分を投影する青いところは、個人的にはちょっと好ましく思っています。

――「(きみも僕のことをずっと好きでいてくれたから)わかると思うんだ。好きじゃない子からの『一生愛してる』より、好きな子からの『ちょっと好きかもしれない』が欲しいこと」っていう別れ際のセリフは、けっこうひどいですけどね。

佐々木:ひどいですね(笑)。でも正直な人だなとも感じます。現実でも「どうしてその人と付き合って、そんな苦労を……」というパターンを、けっこう見かける気もして。まわりがなんと言おうと、その人にとってはたった一人の好きな人なんだと思います。

――優花自身、すばらしい人なんて思ってもいないけど、好きでいることをやめられない……。そのままならなさが、「なれるもんなら料理を好きになりたいし、上手にもなりたいけど、なれない」というのと通じる気もしました。

佐々木:優花の迷走は、真島さんを諦めきれないと同時に、料理のことも諦めきれないところから始まっていると思うんですけど、私自身、料理上手な人への憧れは強くて。王道の料理小説を読んで、ちゃんと心を温められる人、疎外感を抱かない人にも、「私もそうなりたい」と憧れます。なんでこんなに憧れるのだろうと考えたとき、一つひとつの物事を間違わずに選びとれる人に憧れているのではないか、と思ったんですよね。あたりまえに料理って良いものなんだと思える初期設定というか、素質そのものをいいなぁと思っていると。一方で、いまどき自炊しなくてもなんとかなるし、料理は生活必需というより趣味の範囲だろうとも思うし、手順を間違えたって最後に調味料を足すことで帳尻合わせできる、という気持ちもあり……。誰にでも当てはまる正解はない問題だと思うので、様々な考え方をもつ人たちに登場してもらいました。