ライムスターが語る、ヒップホップのライブの価値 「歴史が浅いからこそ、何ができるのかを試行錯誤してきた」

 ライムスター初のオフィシャルブック『KING OF STAGE ~ライムスターのライブ哲学』(ぴあ)は、結成から30年にわたってシーンの最前線を走り続けてきた彼らが、その活動の真骨頂である“ライブ”について、メンバー三人が言葉を尽くして語った一冊だ。ターンテーブルを軸に組み立てられたヒップホップのライブだからこそ、考え尽くされたステージングの裏側には、あらゆる表現に通じる哲学がある。コロナ禍で数多くの興行が中止を余儀なくされる中、アーティストの視点から改めてライブの価値にスポットを当てた本書について、宇多丸、Mummy D、DJ JINの三人に語ってもらった。(編集部)

ただのアーティスト本ではなく、普遍的な価値を持つものに

『KING OF STAGE ~ライムスターのライブ哲学』(ぴあ)

ーー新作のリリースに伴うインタビュー記事などで、アーティストが音源作品について語るテキストはたくさんありますが、実はライブについて語るテキストは意外に少ないです。一冊まるごと、ライブに絞って語られた書籍というのは、音楽書としても画期的だと感じました。

宇多丸:この本のもとになった「ぴあ」の連載「One for the Road~47都道府県ツアー日記~」は当初、もっと軽い感じのツアーこぼれ話にするつもりでいたんだけれど、気づけばライブの捉え方や技術論についての話が中心になっていったんです。我々としては、普段からやっていることを記していっただけなんですけれど、人に伝えると「へぇ!」と思ってもらえることが意外と多いんだなと、改めて気づいていったというか。

ーーライムスターにとって、初めてのオフィシャル本というのも意外でした。

宇多丸:ラッパーの本というと、基本的にワイルドな生い立ちを語ったりする自伝がほとんどだと思うんですけれど、俺たちはそういうタイプではないし、かといってラップの教則本を出すというのも違う。写真集を出したってしょうがない(笑)。もしも本を出すなら、ただのアーティスト本ではなく、もっと普遍的な価値を持つものにしたいと考えたときに、この企画はぴったりだなと思いました。これまでライブで頑張ってきたグループだし、そこに特化することで、これまでにないタイプの本ができたのであれば、嬉しいですね。

ーーライムスターのライブが、DJのレコード二枚使いを軸としたクラシカルなヒップホップのスタイルであることを、入念に説明しているのも興味深かったです。バンドの生演奏ではなく、録音された音源を使ってパフォーマンスをするからこそ、グループとして深く「ライブの価値とはなにか?」を突き詰めて考えている印象でした。

DJ JIN:バンドがライブをするということ、ミュージシャンが人前で演奏をすることは、大昔から行われていることですけれど、ヒップホップはそれらに比べて歴史が浅いし、詳しくない人からすれば「ヒップホップのライブってどういうこと?」という疑問は当然あると思います。そもそも、DJがなにをやっているのかも知らない人が多い。ヒップホップのライブの仕組みが書かれた本もこれまでになかったから、そういう面でもお手本の一つになれば良いなという気持ちはありました。

ーーDJの教則本などは一応ありますけれど、ある一定以上のテクニックなどはDJによってバラバラですし、ほとんど独学という人が大半なので、一般に共有されていない知識がたくさんありますよね。本書で書かれている「スピーカーの片方からしか音が出ない時は、レコード針のカートリッジ接触部分を10円玉で擦ると大抵なおる」といった知識は初めて知りました。

DJ JIN:そうそう、DJのテクニックとかタンテ周りの機材的な知識って、ほとんど仲間内で口伝で広がっているだけなんです。ギターやベースやドラムに関しては、長い歴史の蓄積があるけれど、DJに関してはほとんどない。だから、そういうのを残していかないといけないという意識は、多くのDJたちにもうっすらとはあるはずです(笑)。それをまず自分で形にしてみたのが、僕の書いたパートですね。DJに関する教則本などは、もっといろんな角度のものが出て良いと思います。

宇多丸:ちゃんと歴史に残しておくべきだよね。でも、新しい教則本が出てきたとしても、10円玉のことは書いてなさそうだな。ほとんど民間伝承(笑)。

ーーJINさんがDJでありながら、全身でパフォーマンスすることに意識を傾けているというのも、まさにライムスターのライブ哲学だと感じました。

DJ JIN:この三人という最小の単位だからこそ、ライブで何を見せられるかは追求してきたし、それがライムスターの歴史でもあります。この本にも書いたように、若い頃はストイックにDJに集中していましたし、その方がクールだという価値観もわかります。でも、いろんなバンドと共演していく中で、ステージに立って何かをするのであれば、身振り手振りを交えてお客さんとテンションのやりとりをしていくことも、ライブには必要だと考えるようになりました。ミュージシャンは演奏していないときもなんらかのアクションをしたり、演奏に合わせて表情も作ったり、様々な工夫を凝らしてライブ感を作り上げているじゃないですか。ターンテーブルのライブは歴史が浅いからこそ、そういうバンドの方法論を吸収して、何ができるのかを試行錯誤しています。

ーーMummy Dさんは、宇多丸さんとの役割の違いについて自ら解説しています。

Mummy D:「もうちょい隠しておけばよかった」っていうくらい、この本ではネタバラシしちゃっていますね(笑)。宇多丸さんが客席の前の方を盛り上げる担当で、俺が後ろの方まで届けるのが担当というのは、あくまでも俺の意見で、宇多丸さんは違う考え方だったけれど、要するに我々はやはりライブを主体としたグループで、だから話し合うことがたくさんあったんです。ライブにそこまで力を入れていない、音源を主体に活動するグループもいるけれど、もしライムスターもそうだったら、この本は成り立っていない。でも、ライブに関してはこの本でもうすべて語り尽くしたので、もうネタ切れです(笑)。

宇多丸:なまじ、それを言語化しちゃったから、「違うことやらなきゃダメかな?」って変にハードルが上がっちゃったよね(笑)。

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