『響け!ユーフォニアム』中川夏紀はなぜ部活を辞めなかったのか? “凡人”の深い悩み

 高校や中学の部活動を引退した後の期間は、何とも言えない奇妙な時間が流れる。練習に行かなくていい解放感と奇妙な喪失感がないまぜになった奇妙な時間。

 部活はしんどい。しんどいが、それをやっていることは学生生活の中で大きな位置を占め、アイデンティティにもなる。「~部所属」というのは学生にとっての肩書だ。部活の引退は肩書を失い、「ただの人」になるということなのだろう。

 武田綾乃の長編小説『響け!ユーフォニアム(以下ユーフォ)』シリーズの最新作、『飛び立つ君の背を見上げる(以下飛び立つ)』は、そんな引退後に「ただの人」になり、自分は何者なのかを見つめなおす物語だ。主人公は、本編の主人公、黄前久美子の1学年上で、副部長を務めた中川夏紀だ。

 本作をシリーズ中の時間軸に当てはめると、久美子の2年時を描いた『波乱の第二楽章』と3年時の『決意の最終楽章』の間に挟まるエピソードとなる。また、スピンオフ集『北宇治高校吹奏楽部のホントの話』に収録された、夏紀たちの学年の卒業式を描いた同名タイトルの短編の前日譚とも言える内容になっている。

波乱の吹奏楽部を象徴する夏紀

『響け!ユーフォニアム』

 『ユーフォ』シリーズは、怠惰な吹奏楽部が新任顧問により改革され、強豪校へと変化していく過程を描いた作品だ。夏紀はそんな吹奏楽部の変化を象徴するキャラクターと言える。当初、夏紀は部の雰囲気同様にやる気がなく、いつも窓の外を見ていた。そんな彼女がまじめに練習に打ち込むようになり、3年時には副部長となり、部長の優子を支える立場となる。

 夏紀は同学年の主要キャラクターの中でも特異なポジションにいる。吉川優子、傘木希美、鎧塚みぞれは中学時代から吹奏楽部だったが、夏紀だけは高校で初めて吹奏楽に触れた「初心者」だった。やる気のない上に初心者な夏紀はなぜ居続けたのか。なぜやる気を出したのか、そして、同学年が一年時に大量の退部者を出したときにもなぜ一緒になって辞めなかったのか、その理由が本作で明かされる。

 それは、彼女は何となく流される性質で、ただ無関心だっただけだと夏紀は言う。人並みに特別な存在になりたいと願いながら、自分はどこまで行っても凡人であることもわかってしまっている。高校生ながら、妙に達観している彼女は少し大人びて見られる部分があるが、それが後輩からは頼もしく見える時がある。夏紀はそんな周囲の評価と自己認識のギャップを感じている。引退後の奇妙な空白期間に、夏紀の胸に去来するのは「自分は一体なんなのか」という問いだった。