全788ページの大著が11万部突破! 『独学大全』担当編集者に訊く、”高くても分厚い本”が売れるワケ 

 今年9月の発売以来、驚異的な売れ行きを記録している『独学大全』は、正体不明、博覧強記の読書家であり、独学の達人である読書猿が書いた「勉強法の百科事典」だ。

 総ページ数は全788に上り厚さは約5cmと、とにかく分厚い本書が、12月23日現在、発行部数11万部を記録し大ベストセラーとなっている。「リアルサウンド ブック」では『独学大全』の編集を手掛けた、ダイヤモンド社・田中怜子氏にインタビュー。『独学大全』誕生のきっかけから、本書がヒットした理由、さらには同社独自の編集方針など、多岐にわたり話を訊いた。(編集部)

コンプレックスから生まれた「独学」というテーマ

――『独学大全』誕生の背景を教えてください。

田中:私は経済学部卒業でもなく、MBAも取得していない。教養もありません。たまたまこの道に進んだけれど、ビジネス書の編集者の中で本流ではないという気持ちが常にありました。ビジネスのことがわかっていないのに、ビジネス書の編集をしていていいのかという葛藤がずっとあり、「何をどう学んだら、ビジネスがわかったことになるんだろう、一人前になれるんだろう。学ぶことの全体像が知りたい」というモヤモヤを常に抱えていたんです。

 その悩みを解消するために、20代は新聞の読み方を勉強するセミナーに通ったり、自分なりに色々本を読み漁ってみたり……経済学がわかったらビジネスの本質に迫れるのではないかと、前職では『大学4年間の経済学が10時間で学べる』という本を編集したりもしました。

 その一方で読書猿さんのことは『アイデア大全』(フォレスト出版)の発売をきっかけに初めて知りました。書店で発売直後に『アイデア大全』を見かけた時、雷に打たれたような衝撃を受けて。読書猿さんになら、私のコンプレックスを解決するような独学本(学び直し本)を書いてもらえるのではないかと思ったのが、今回『独学大全』の執筆を依頼したきっかけです。家に帰る時間も惜しくて、書店の近くのカフェからすぐにメールをお送りした覚えがあります。

 オファーした時、実は1度お断りされているんですね。でもやはりこの人の本を絶対一緒に作りたいと思い、「何冊目でもいいし、何年待っても良いので、ご一緒させて下さい」とメールして、それでようやくOKをもらえました。

――田中さん自身のコンプレックスを解消したいという思いが根底にあったわけですね。その後、やりとりして感じた読書猿さんの凄みについて詳しく教えてください。

田中:まず一つは皆さんもご存知の通りですが、「圧倒的な知識の幅と深さ」ですね。本を作っていると、著者さんから目次の案や原稿をもらった時、自分がすでに知っていることが結構書かれていたりするんです(決して悪いことではないと私は思っています)。でも読書猿さんの原稿に関してはほとんどそれがなかった。彼が提唱する「独学をマスターする技法」は55個あるのですが、そのうち54個は私が知らないこと、これまでの人生で見たことがないことが書いてあり、「すごいな」とワクワクする気持ちと、「自分の手におえるだろうか?」という、編集作業で今まで感じたことのない不安。両方の感覚を抱きました。

 読書猿さんの凄さの2つ目は、「人としての懐の深さ」ですね。博学で、ご自身は一から独学でアカデミックな世界にまで到達した人なのにもかかわらず、私がどれだけ馬鹿な質問をしても怒ったり、馬鹿にしたり、回答を拒否したりしません。私のほうは、「こんなことを聞いたら馬鹿だと思われるんじゃないか」という恥じらいがあり、聞きたいことが聞けず、時間が経ってしまったこともありました。でもわからないまま本の制作を進めるわけにもいかないので、勇気を出して質問したら、それについてものすごく丁寧に1個1個返してくれた。そういうことの連続でした。

 凄い点3つ目は、「原稿の1文字1文字、1行1行に全て理由がある」こと。788ページもあるのに、ムダな部分が全くないのです。私の質問に対する「回答の精度」もものすごく高かったわけです。

 例えば本書の「技法1」に学びの動機付けマップというのがありますが、「自分の動機付けを知るためにマップを作ろう」と書いてあります。ビジネス書の王道からすると、「技法1」は読者への「つかみ」として大事なポイントです。勉強のやり方を手っ取り早く知りたい人にとって、入りやすいところに設定しなくてはいけない。それがいきなり「マップを作れ」だとハードルが高くて、そこで読み進められなくなる読者も多いのでは……との心配がありました。

 それで、読書猿さんになぜわざわざ最初からマップにしなきゃいけないのかと、少し恥ずかしいことを聞いたんですよね。それに対する読書猿さんの回答が、とても明快でした。「独学でいちばん大切なことは『続けること』である」と。でも、人間は必ず挫折してしまう生き物なので、挫折をした時に「自分がなぜ勉強するかに戻って来ることが重要で、そのためのツールがこのマップなんだ。だから、冒頭にあるんだ」と。こういう読書猿さんとのやりとりの結果、「いったん編集の提案はしたけれど、最終的に元の原稿は直さない」という着地をすることはすごく多かったです。

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