山崎ナオコーラが考える、性差のない未来 「父親も本当はおっぱいから乳を出したいんだろうな」

波のようなPMSとの付き合い方

――「キラキラPMS(または、波乗り太郎)」は、ひたすらフラットに生きてきた平太郎が、パートナーのPMSを理解しようとして、最終的に自身が生理になってしまう話。これもまた、肉体の境界線を溶かしていますね。

山崎:作家になって2、3年目くらいに、漫画家の小林エリカちゃんと小説家の西加奈子ちゃんとサンフランシスコ旅行に行って、なぜか生理の話になったんですよ。私は生理前後に精神的な浮き沈みが激しくて、PMSにふりまわされてきたタイプなんですが、2人はPMSという言葉自体あまり知らないみたいだった。それまで友達と生理について語りあうこともなかったし、その時の会話がなんだか印象深かったんですよね。もしかしたらこれは文学的な題材なのかも、と思いました。でも若い頃は、PMSなんて純文学の題材じゃないみたいな思い込みがあって、なかなか書けなかったんですが、老い先も短いし(笑)、書きたいことは書いておこうと思って。

――(笑)。すごくおもしろかったです。選ばれし勇者だけがPMSの波に乗れるという伝説のサーフボードが高い山の上にあり、登山の果てに見つけたことで太郎は生理になるという設定を、コロナ禍を舞台に描きだされるのが、突飛なのになぜかしっくりきて。

山崎:私も書いていておもしろかったですね。10年くらい前に写真家の石川直樹さんや劇作家の前田司郎さんとエベレストに登ったことがあるんですけど、太郎同様、私も高山病になって下山したんですよ。そのとき私も生理になったんですが、石川さんや前田さんは、私の状態をちゃんと理解してくれていた。そのときの空気感も「あ、文学になるな」と思ったのを思い出して……。最初はPMSって波だよな、と思ったところから始まっているんですけれど、山登りも波だし、コロナも波だよな、と気づいたところから全部が繋がっていってできあがった感じです。

――波乗り、というのがいいですよね。太郎と同じように、感情的にならず常にフラットでありたい、という人はたくさんいると思いますが、「なんで平になるように努力しないといけないのかなあ?」というところに、はっとしました。そうか、別に平にならなくても、うまく乗りこなせばいいのか、と。

山崎:社会人たるもの、常に同じ態度で平坦な心で誰にでも平等に接しなくてはならない、人前で泣いてはいけない、みたいなイメージがあると思うんですけど、社会って本当にいろんなタイプの人によって構成されているものなので。フラットな人しかまっとうな社会人じゃない、みたいに考えてしまうと、立ち行かなくなってしまうと思うんですよね。ときには感情的になっても許される社会のほうが、きっといい。コロナになって、そう感じる人も増えたんじゃないでしょうか。同じスーツを着て、社会人の仮面をつけて、満員電車に揺られて出社するのが仕事だって思っていた人たちが、あれ、そうでもないなって気がつきはじめた。

――多くの人が“こうあるべき”から解放されはじめた感はありますね。

山崎:みんなそれぞれ、自分に合ったやり方でできることをすればいい。同じ時間に会社に行かなくても、仕事は成立する。だったら、必ずしもフラットであることを大事にしなくてもいいんだ、とわかった今、波を肯定する小説が求められているんじゃないかなというのは書きながら思っていました。最後の「顔は財布」もそうですが、今回の本に収録した4編は全部、時代が進むことによって悩みが解決していく物語にしていて。今の時代は最高だって思うのがいちばん生きやすいと思うから。『肉体のジェンダーを笑うな』ってタイトルにはしましたけど、笑っても笑わなくてもどちらでもいいので、読んでいただけるとうれしいです。けっこう、おもしろい一冊になったと思います。

 なお『肉体のジェンダーを笑うな』というタイトルに込められた思いは、集英社文芸・公式note(https://note.com/shueisha_bungei/n/n9f52a2f71728)に詳しい。こちらもぜひ一読されたい。

■書籍情報
『肉体のジェンダーを笑うな』
著者:山崎ナオコーラ
出版社:集英社
発売中
定価:1,600円(本体)+税

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