『鬼滅の刃』伊黒小芭内の奮闘はなぜ胸を打つ? 悲劇の少年が運命を乗り越えるまで
そんな彼は、自分の出生を呪っており、「一度死んでから 汚い血が流れる肉体ごと取り替えなければ」、好きな人の傍(かたわ)らにいることすらはばかられると思い込んでいる。そう――先にも書いたように、伊黒は同じ柱の甘露寺蜜璃に以前から惹かれているのだが、そんな自分の「汚い血」に対する思い込みもあって、彼女への想いをなかなか伝えられずにいた。
一方の甘露寺のほうでも、伊黒がいつも「すごく優しい目」で自分を見てくれていることには気づいており、それは、ある意味で恋愛や結婚に対して臆病になっていた彼女が、鬼殺隊に入隊する前からずっと求め続けていたものでもあった。このふたりの恋の行方がどうなるかをここで書くつもりはない。だが、第200話(コミックスでは23巻に収録)におけるふたりのやり取りを見て、目頭が熱くならない読者はいないだろう。
さて、先ほど、「無惨戦」で伊黒と炭治郎が息のあった“バディ感”を見せると書いた。そもそも「主人公と肌が合わない異才が手を組んで強大な敵に挑む」という展開は、(『SLAM DUNK』の桜木と流川、あるいは、『DRAGON BALL』の悟空とベジータなどの例を挙げるまでもなく)少年漫画のおもしろい演出の定型のひとつではあるのだが、この『鬼滅の刃』でも、最終決戦の土壇場で、それまでは炭治郎に対して何かと厳しくあたっていた伊黒が彼を守り、階級を越えて「同格の剣士」として認めていく様子が熱く描かれている。何しろあのクールな伊黒が、柄にもなくこんな熱い言葉まで発して、「戦友」の炭治郎を鼓舞するのだ。「二人なら出来る!!」
伊黒小芭内という、生まれながらにして鬼の餌となることが決まっていた悲劇の少年は、「生きる意志」を持ってその地獄から抜け出し、鬼殺隊に入隊して多くの人々の命を救った。そしてそこで成長し、愛する女性や、頼れる仲間たちとも出会えた。傍(そば)にはずっと鏑丸という友もいた。さらには鬼舞辻󠄀無惨との死闘の際に伝説の痣を発現させて、最強の剣士のひとりになった。そんな伊黒に――鬼のいない平和な世界を願い、人々のために命を賭して戦い続けた「蛇柱」に、「汚い血」など一滴たりとも流れているはずはないだろう。
■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twitter。
■書籍情報
『鬼滅の刃(19)』
吾峠呼世晴 著
価格:本体440円+税
出版社:集英社
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