『BECK』はなぜ“バンド漫画の金字塔”となった? ロックファンを夢中にさせた展開を考察

※ 以下、ネタバレあり

 物語は、最初のクライマックスといっていい日本のロックフェスでの成功を描き(アニメ版はこのあたりまでが描かれて終わる)、アメリカでの過酷なツアーなどを経て、次の大きな「ステージ」へと向かっていくわけだが、そこにいたるまでの展開が、本当にすばらしい。地道な活動が海外で認められつつあったBECK(海外におけるバンド名はMONGOLIAN CHOP SQUAD)は、イギリスの伝説的ロックフェス「アヴァロン・フェスティバル」に出場することになるのだが、彼らには、その大舞台への挑戦とは別に、作らなければならない「大切な曲」があった。その曲の名は、「DEVIL’S WAY」。竜介の親友だったアメリカのビッグバンド・THE DYING BREEDのギタリスト、エディが遺した「幻の曲」である。

 エディは、ある時、道路上で強盗に射殺されるという衝撃的な死を迎えるのだが、その少し前に、たまたま竜介の不在時に電話に出たコユキに、ギターを弾いて、「さっきできたばっかの まだ誰にも聴かせてない曲」の断片と曲名を伝えていたのだ。そう、「DEVIL’S WAY」とは完成された曲ではなく、全体の構成も歌詞もない、あくまでも「音楽の種子」のようなものだったのである。それを、コユキと竜介のふたりが中心になって完成させていくのだが、この、「アメリカのビッグバンドのギタリストが遺した曲の断片を、日本の無名のバンドマンたちが作り上げていく」という展開に、胸を熱くしないロックファンが果たしているだろうか。

 のちにBECKは、アヴァロン・フェスで「DEVIL’S WAY」を披露し、「ロックの国」の人々を圧倒するのだが、それは、彼らが作ったのがただのエディの曲のコピーではなく、彼ら自身の曲だったからだ。以前、作詞に悩んでいたコユキに、(この曲ではボーカルをとらない)千葉はいっていた。「誰かになりかわって なんかをしようなんて 思わねぇ方がいいって」。そして、演奏終了後に一瞬聞こえたエディの幻の声もまた、コユキに向かって優しくこう囁くのだった。(「DEVIL’S WAY」は)「君の曲だよ」。

 結果的にBECKは、彼ら自身の「音楽の力」で、前述のふたりの敵ともある種の和解をし、さらなる高みへと向かうところで物語は終わる。これが、なんともいえず、いい。なぜならば、それまでのバンド漫画は「解散」をクライマックスに持ってくるケースが多く、個人的には「転がり続けるまま」の状態で終わる作品があってもいいだろうと思っていたからだ。

 なお、「DEVIL’S WAY」の「DEVIL」とはもちろん「悪魔」のことだが、読者はきっと、その不吉な言葉は、やがて訪れる「エディの死」を象徴していたのだと思いながら、本編を読み進んでいくことだろう(私もそうだった)。ところが、コミックス最終巻に収録されている短編(「THE LAST DAY OF EDDIE LEE」)を読めば、そうではない、ということがわかるのだ。ではエディが思い描いていた「DEVIL’S WAY」の「DEVIL」とは何か。それは実際に同作を読んでいただくほかないが、あなたがもし少しでもロックの精神を持っている人ならば、きっと大きな感動に包まれることだろう。

■アニメ『BECK』15周年記念展 ~I was made to hit in America!~
イベント詳細

■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twittter

■書籍情報
『BECK(34)』
ハロルド作石 著
価格:本体524円+税
出版社:講談社
公式サイト

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