松岡正剛が語る、日本文化に必要な心意気と長い文章の強み 「過激な表現があってこそ、中道も見えてくる」

簡単に読み流せないような重厚な読み物を

――古今東西のあらゆる本について、長文の書評を掲載するサイト「松岡正剛の千夜千冊」は、インターネットが一般的に普及し始めた2000年にスタートしています。ときに時事ネタやご自身のエピソードを交えながら、あらゆるテーマを掘り下げるスタイルは、書評のあり方として新鮮であるとともに、その質や量も多くの読書家に衝撃を与えたと思います。このサイトを始めたきっかけは?

松岡:僕は当時、ニフティサーブからの依頼で、金子郁容、いとうせいこう、安田雪らとともにネットミーティングをしていたんだけれど、WEBサイトの表情やプロトコル、あるいはリプレゼンテーション力は、ほかのメディアに比べてイマイチだと感じていたんです。そこで、自分なりにその可能性を模索しようと、インターネットの片隅で二つのことを始めました。一つはイシス編集学校ーーインタースコアのISとインタラクティブシステムのISで、ISIS(イシス)と名付けましたーーで、編集術を学ぶためのインターネット上の学校です。

 そしてもう一つが「千夜千冊」。インターネットの登場で情報がどんどん増えていくと、いずれは現在のSNSのように人々が細切れの情報を消費するようになっていき、体系的な「知」が失われていくのではないかという懸念から、むしろ簡単に読み流せないような重厚な読み物を毎晩のように書き続けてみようと始めました。取り上げるのは一人の作家につき一冊だけという縛りで、近松門左衛門、ダンテ、カフカ、ガルシア=マルケス、町田康、大槻ケンヂなど、時代やジャンルを横断して次々と書いていったのですが、やってみたらものすごく大変な仕事で、自分でも「しまった!」と思いました(笑)。でも、300夜を超えたあたりから、最初は数百人だった読者が数千人、数万人、数十万人と増えていって、手応えを感じるようになりました。999夜にホメーロスの『オデュッセイア―』、1000夜目に良寛の『良寛全集』を書き終えた後のタイミングで胃がんに罹ってしまったため、手術を受けたのですが、退院して再開したら今度は止められなくなってしまって(笑)。今やライフワークとして続いている感じです。

――昨今では、SNSでの短い文章が拡散されてしまうことから生じる弊害について語られることも多く、いわゆるスロージャーナリズムなどにも注目が集まっていますが、その意味でも「千夜千冊」は先見性のあるサイトだったと思います。

松岡:まあ、僕の場合は結果的にそうなった感じですが、もう少し長文を掲載するWEBメディアが増えていくといいなとは思います。インターネットは常に接続されているものなので、発信を継続していくことに意味があり、そこがパッケージされた本とは異なる部分なのですが、だからといってあまりに短い文章にすると弊害もおこる。本当は短くした方が僕も楽なんだけれど、最近、また長くなってきていて、これはもう病気みたいなものだよね(笑)。もちろん、長ければいいというものでもないのだけれど、例えばゲーテの『若きウェルテルの悩み』は中学生時代に読んだとか、あるいは20歳のときに先輩に勧められてカフカを読んだとか、読書体験はその時代の記憶とともにあるので、その感情を一緒に書くとなんだかんだで長くなる。

――「千夜千冊」を執筆する上で、気をつけていることはありますか?

松岡:いわゆる批評はしないようにしています。本を読んでいて文句が言いたくなることももちろんありますが、ケチをつけたらキリがないので、むしろその本の中で書ききれていないことを補充するようなイメージで書いています。だから、後から著者に「自分が何を書きたかったのか、『千夜千冊』を読んでよくわかりました」と言われることも多い。隈研吾の『負ける建築』について書いたときもそうでした。イメージとしては、人の歌をカバーして歌うような感じ。美空ひばりや松任谷由実、あるいは米津玄師のように歌うことはできないけれど、松岡流に歌うことはできるわけで、僕はそういうことをやっているつもりです。もし僕が批評家になってズバッと切ったとしたら、恐れられるほど厳しいと思います(笑)。

松岡正剛『千夜千冊エディション 宇宙と素粒子』(角川ソフィア文庫)

――たしかに、松岡さんに批評されるのは怖いですね(笑)。「千夜千冊」は、2006年に全8冊の大型本『松岡正剛 千夜千冊』(求龍堂)として出版されましたが、現在は角川ソフィア文庫から「千夜千冊エディション」シリーズとして、テーマごとに再編集して出版されています。今年6月に出版された『宇宙と素粒子』は、ガリレオ・ガリレイの『星界の報告』から佐藤文隆の『量子力学のイデオロギー』まで紹介していて、一冊を通して壮大な宇宙の物語として読めるのが面白かったです。

松岡:そう、改めて編み直すと大きな物語になるのが、このシリーズの特徴です。ガリレオ・ガリレイから始まって、アルバート・アインシュタインやスティーヴン・ホーキングへと進み、最後は量子力学の謎にまで話が及ぶ。でも、テーマを絞って一冊の本にまとめようとすると、「千夜千冊」の連載で書いたことだけでは足りなくて、追記しなければいけない部分がたくさんあります。WEBの連載と一冊の本では、やはり役割が違うんです。『宇宙と素粒子』の前は、『大アジア』とか『心とトラウマ』といったフィルターで編み直したのですが、やり始めるとどのテーマも面白くて、もっとやりたくなってしまうんですよね。下手をすると、このシリーズも40~50冊くらいになってしまうかもしれない(笑)。

――「千夜千冊エディション」シリーズは、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』やジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』など、ビッグヒストリーものに通じる読後感もあります。

松岡:そうかもしれませんね。もっと昔の本でいうと、ハーバート・ジョージ・ウエルズの『世界文化小史』とか、ジャンバッティスタ・ヴィーコの『新しい学』などには大きな影響を受けました。いわゆる百科事典を作るのではなくて、大きな歴史の流れをエディットする。本はもともとベーシックヒストリーを作り直す可能性を持っていて、本棚の並びの組み合わせでハラリ的な、あるいはダイアモンド的な歴史を紡ぐこともできる。例えば夏目漱石の『こころ』を、幸田露伴や樋口一葉、カフカと並べることで見えてくる史観もあるでしょう。そういう視点は常に意識しています。

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