『ヒロアカ』スピンオフ漫画『ヴィジランテ』が問いかける、“本当のヒーロー”とは?

ヒーロー公認制度の問題点を鋭く指摘

 本作は、ヒーローが法律によって制度化された世界のヒーローのありかたの矛盾を突くだけでなく、その国家による管理の危険性や欺瞞についても深い洞察を巡らしている。

 先に自警団はヒーローの原点だと書いた。自警団による治安維持をよしとする思想を「自警主義」と言う。これはヒーローコミックスの「原点」アメリカの歴史に深く根差した考え方で、時に法律に依らない暴力をも正義とすることがある。

 元々、イギリスの圧政からの解放を目指して新大陸を開拓した人々が切り開いた国であるため、アメリカは何かにつけて「自分のことは自分でやる」という考えを是とする国だ。アメリカ独立戦争もイギリス政府の横暴から自分たちの権利を守るための闘争だった。未開拓の土地には法律など整備されているはずがない。そういう場所だから西部劇に登場するカウボーイなるアウトローたちが活躍し、法に頼らない自衛を行ってきた。アメリカは自分たちの権利を守るためには、暴力に頼ることも辞さないという考えで発展した国なのだ。だからこそ、銃が手放せないし、いまだに民兵が組織される。それを正当化するために、合衆国憲法には個人の武装の権利が明記されている。

 本作の12話では、この自警主義を掘り下げ、『ヒロアカ』世界のヒーロー公認制度に疑問を投げかける。ヒーロー研究をしている女子大生、塚内真(本編に登場する塚内直正の妹)がヒーロー公認制度の誕生と自警主義について以下のように説明している。

「まず自警主義っていうのは、学問的に言えば社会の混乱期などに市井で自然発生する治安システムなのね。その多くは過渡的な存在であり、社会の安定と共に公的なシステムに吸収され、あるいは排除される」

 『ヒロアカ』世界でも個性発現の黎明期に自警団が生まれた。そして、公認制度ができてそのシステムに吸収されたわけだ。では、自警団のうち、どの程度がプロのヒーローとして認可されたのか。真は説明を続ける。

「当時、いわゆる"ロードアイランド新州法"の適用対象となったヴィジランテは189名。その中で正式なヒーローとして認められた人はどれくらいいたと思う? 答えはわずか7名。ほとんどのヴィジランテは敵性犯罪者としてヴィランに分類されたの」

 真は、ヒーロー公認制度の真の狙いは「ヒーローの認可ではなくヴィランの定義にあったとも言われている」と語る。誰に個性を使うことを許すのかを恣意的に分類し、許可しなかった者たちの活動を制限し管理することが目的だったと言うのだ。

 公認制度ということは、何らかの価値基準で優劣を決めなければならない。そこから恣意性を完全に排除することは極めて困難だろう。この世界においてヒーローという存在は、必ずしも公平な存在ではないのかもしれない。現にコーイチのような善性の塊のような人物でも犯罪者扱いなのだ。

 本作が感動的なのは、それでも自分の信念を曲げない主人公の意志の強さであり、そんなコーイチをヒーローと認めてくれる人々がいるからだ。コーイチの師匠となるナックルダスターは、コーイチは最初から真の英雄だと言い、コーイチと活動をともにするポップ☆ステップも自分にとっての本当のヒーローだと思っている。

 『ヴィジランテ』は真のヒーローとは何かを問う。法律や制度ではない、どんな困難にあっても善性を保てる人間こそが本当のヒーローだと本作は描いている。本編のテーマを異なる立場から描いてみせ、本編の楽しみ方を広げてくれる。理想的なスピンオフ作品だ。

■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。

■書籍情報
『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』既刊9巻(9月4日に10巻発売)
作画:別天荒人
脚本:古橋秀之
原作:堀越耕平
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/list/vigilante.html

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