全員が最強! 修羅たちが戦う『異修羅』シリーズは先が読めないからこそ面白い
道場で空手家と柔道家が戦い、街路で拳銃使いと剣豪が対峙し、戦場で戦車と戦闘機が撃ち合って、荒野で超強力なMOAB(大規模爆風爆弾兵器)とサーモバリック爆弾(燃料気化爆弾)がぶつかり合う。そんなバトルが繰り広げられた上で、勝者となった空手家とMOAB、剣豪と戦車の戦いが行われる。ミスマッチ過ぎてあり得ないというのは早計。こうした例えに匹敵する、属性も規模もバラバラな力がぶつかり合うスリリングなバトルが、珪素による『異修羅』シリーズで今まさに繰り広げられているのだ。
「あらゆる能力の頂点を極めた者達が激突を繰り広げるバトル群像劇」――小説投稿サイトのカクヨムで連載され、12万文字も加筆された上で「電撃の新文芸」レーベルから刊行された『異修羅I 新魔王戦争』(KADOKAWA)の帯にかかれたこの文が、『異修羅』シリーズの特徴を言い表している。
世界を脅かした“本物の魔王”が何者かによって倒された後の世界は、実在するかも分からない勇者が君臨することにはならず、魔王に匹敵するような強い力を持った修羅たちが暴れ回り、大混乱に陥る懸念があった。世界を平和に導くには、修羅たちの中から最強の者を選んで民の希望になってもらわなくてはならない。統一国家として残った黄都では、世界中から修羅たちを呼び、競わせて“本物の勇者”を選ぶことにした。
以上が『異修羅』シリーズの基本設定。そして物語は“本物の勇者”を決めるトーナメント「六合上覧」に向けて、一人また一人といった具合に、とてつもない力を持った修羅達を紹介していくエピソードによって綴られていく。ここで登場する誰もが本当にとてつもない力の持ち主ばかりで、驚きの連続にとらわれる。
まず現れるのが「柳の剣のソウジロウ」。物語の舞台となっている世界とは違う場所から来た“客人(まろうど)”で、ナガン市に突如大発生して住民を殺戮した機魔(ゴーレム)を斬り伏せ、街を火の海に変えた巨大な迷宮機魔(ダンジョンゴーレム)をあっさり破壊する。前にいた世界では戦車の「M1エイブラムス」すら斬ってきたらしい剣豪だが、彼がシリーズの主人公という訳ではない。
詞術と呼ばれる、言葉を使って人を操るどころか全てを実現してしまうエルフの少女「世界詞のキア」が登場し、「静かに歌うナスティーク」と呼ばれる天使に守られ、身に及ぶ危険が自動的に排除される「通り禍のクゼ」も加わる修羅の列。ここまでは、まだ皆人の形を保っているが、「星馳せアルス」は伝説の武器を3本の腕で扱う鳥竜(ワイバーン)で、『異修羅II 殺界微塵嵐』から登場する「地平咆メレ」は身長が30メートルに及ぶ巨人。モンスターと呼ばれかねない修羅たちが続々と現れ、個々に綴られるエピソードの中でその異能を見せつける。
「音斬りシャルク」は、骨格だけの体ですばやく動いて敵を貫く槍兵で、「窮知の箱のメステルエクシル」は、ナガン市を襲った魔王自称者の老女「軸のキヤズナ」によって生み出されたゴーレム。最新刊『異修羅III 絶息無声禍』で姿を現した「無尽無流のサイアノプ」に至っては、数多の武術を極めたという武闘家だが、その姿は球体の粘獣、いわゆるスライムだ。
伏瀬の異世界転生ファンタジー『転生したらスライムだった件』に登場するリムルが、スライムでありながら膨大な魔力で勝ち続けている例もあるが、最終的に16人の修羅がフラットな立場で戦いに臨む「六合上覧」で、サイアノプが勝ち残る保証はない。というより、誰が主人公なのかまったく分からず、誰が勝ち残るかもまるで読めない。