伊藤潤二が語る、“最恐の児童書”への挑戦 「子供だましの表現は子供に見抜かれる」
「富江」シリーズや「双一」シリーズを含む、『伊藤潤二傑作集(全11巻)』(朝日新聞出版社)や『うずまき』(小学館)などのホラー作品で知られる鬼才、伊藤潤二の漫画を小説化した2冊の児童書――『何かが奇妙な物語 墓標の町』と『何かが奇妙な物語 緩やかな別れ』(ともに学研)が話題になっている。2020年6月25日に同時発売されたこの2冊は、アニメ『伊藤潤二コレクション』のシリーズ構成と脚本を手がけた澤田薫が、表題作を含む伊藤の短編23作を小説にしたもの(『何かが奇妙な物語 墓標の町』には12作、『何かが奇妙な物語 緩やかな別れ』には11作収録。また、カバーイラストはいずれも伊藤による描き下ろし)。
そこで今回は、原作者である伊藤潤二に、この2冊の見どころや、ホラーというジャンルへのこだわりなどについて、ざっくばらんに語っていただいた。“怪談の季節”まっただなかのいま、「児童書史上最凶級の恐怖」(帯より)が描かれているこの2冊を、読書好きな子供たちはもちろん、かつて少年少女だったあなた――特に、大人たちには見えない何かが視(み)えていたようなあなた――も読んでゾッとしてみてはいかがだろうか。(島田一志)【記事の最後にサイン本プレゼント企画あり】
小説化に向いている作品
――今回の2冊が作られたいきさつを教えてください。
伊藤:学研の編集の方から連絡をいただきまして、私の漫画のノベライズを児童書として出版したいと。作品をよく読み込んでくださっている熱意のある方でしたので、収録作の選定も含めてすべてお任せすることにしました。
――今回、実際に小説を執筆したのは脚本家の澤田薫さんですが、ご自身で書こうという気にはなりませんでしたか。
伊藤:実は漫画家としてデビューする前、ショートショートの小説を書いていたこともありますので、いつか機会があれば挑戦してみたいとも思いますが、今回の企画については、学研の編集さん同様、澤田さんも私の作品をよく理解してくださっている方なので、すべてお任せしてよかったと思います。ちなみに小説化にあたり、澤田さんに細かい注文はいっさいつけていません。経験上、原作者があまり口うるさいと、いい作品にはならない気がするんですよ(笑)。
――今回の2冊を読んで、何よりもおもしろいと思ったのは、各話のクライマックスシーンは文章で表現せず、コマを割った原作の漫画の1ページ(ないし2ページ)をそのままの形で挿入して読ませる(見せる)、という本の構成でした。つまり、その挿入された漫画の部分も、物語の流れの中で「本文の一部」になっている。これは従来の「挿絵」とは異なる、不思議な視覚効果を生み出していますよね。
伊藤:もしかしたら新しく挿絵を描き下ろしたほうがよかったのかもしれませんけど、コマ割りした漫画のカットをそのまま挿入するというのも、おっしゃるようにおもしろい視覚効果が出ますよね。もともと私の漫画はワンカットでインパクトを与えるような作品も多いものですから、そういうやり方もアリなのかなと。
――この演出は、ただ単にテキストの途中に漫画のカットをはめ込みました、というわけではないですよね。きちんと本の構造(めくりの効果)を考えて、読者にもっとも「恐怖」が伝わる場所にレイアウトされているし、それには、小説のほうも「見せ場」に合わせて、文字数を調整しながらテキストを書かないといけません。読者の中には、せっかく小説にするのなら全部文章で勝負しろよ、という意見もあるかもしれませんが、個人的には、漫画を小説に「変換」する場合、こうした新しい試みがあったほうが楽しいと思います。
伊藤:そういっていただけるとありがたいです。澤田さんは普段、アニメの構成などをやられている方だから、そういう縛りのある表現は得意というか、むしろ楽しみながらやっていただけたかもしれませんね。あと、これは消極的な理由かもしれませんけど、新しい絵を描くには、初期の頃と比べてあまりにも私の絵柄が変わっちゃってるので(笑)。だったらもう、そのまま昔の絵を使ったほうがいいだろうという判断もありました。
――今回、小説化されたのは、伊藤先生がこれまで描かれた膨大なホラー短編の中から厳選された23作ですが、具体的にどの作品がお薦め、というのはありますか。
伊藤:すべて気に入っていますが、いまパッと頭に浮かんだのは「長い夢」でしょうか。あとは「墓標の町」かな。いずれも、原作の漫画は自分でも好きな作品です。
――いまタイトルを挙げられた作品以外では、たとえば「緩やかな別れ」や「いじめっ娘(こ)」なども、文章による表現ならではのおもしろさ(=怖さ)が出ているように思います。どちらかといえばビジュアルショック重視の伊藤先生の作品群の中にあって、この2作は絵よりも物語のどんでん返しで怖さを描いているところが大きいからかもしれませんが。
伊藤:たしかにそれはあるかもしれませんね。特に「いじめっ娘」は、私の作品としてはどちらかといえば珍しい、超常現象や異形の怪物が出てこない話です。つまり、最後のページを除いてさほど絵の表現に頼った物語ではありませんから、小説化に向いている作品だといえる気がします。